航空政策研究ユニットから次世代スカイシステム研究ユニットへの改組に向けて
2018/11/20
航空政策研究ユニットは2009年1月に設立され、航空機産業、航空運送事業、航空分野の研究開発及び人材養成などに関して政策研究を行ってきたが、2018年11月1日より、次世代スカイシステム研究ユニットとして改組を行った。
航空政策研究ユニット発足のきかっけは、わが国初の国産ジェット旅客機MRJの開発が2008年3月に発表されたことがあった。半世紀前に開発された、戦後初の旅客機YS-11以来の国産旅客機開発であることから、航空機開発の基盤整備に向けた政策的課題を整理し、政策提言を行ってきた[1]。また、同時に国内航空輸送事業が、2008年のリーマン・ショックにより大きな影響を受け、日本航空株式会社(JAL)が2010年1月に会社更生法の申請を提出する事態となり、特に国内の地方航空路線に大きな影響が及び、地域航空再生に向けた政策的課題の整理と政策提言を行ってきた[1,2]。そして、技術的には、航空機による地球温暖化ガスの削減に向けた国際的な議論が高まるなか、技術的課題、経済政策に関する総合的な検討が求められ、航空政策研究ユニットでは、学内外の関係組織と連携し、国際シンポジウム、セミナーの開催および、次世代航空燃料に関するイニシアティブの設立と活動[3]、先進航空技術の促進に向けた活動に貢献してきた。より基本的な航空人材養成に関しは、航空分野の幅広い知見が得られるようにとの配慮から、航空イノベーション総括寄付講座により「航空技術・産業・政策特論」の大学院講義が工学系研究科航空宇宙工学専攻によって2008年から開始され、技術はもちろん、航空における産業論、政策論まで各分野のエキスパートにより教育が開始され、教科書[4]の出版もなされた。また、国際的な人材養成が強く求められる航空分野特有の要求から、ボーイングジャパン、エアバスジャパンとの連携による国際的な航空関連ゼミを工学部・工学系研究科の共通科目として実施している。
こうした活動を通して、航空分野の政策的な課題がより明確化してきたのも事実である。国産ジェット旅客機MRJに関しては、航空機の「型式証明」の取得に関する課題が明確化した[5]。旅客機のような航空機は、製造国が機体の性能や環境特性、安全性を「型式証明」として製造国が認証するだけでなく、その航空機で運送事業を行う利用国の「型式証明」も必要とする。MRJは、日本だけでなく、米国および欧州の「型式証明」取得に向けて開発が行なわれているが、特に安全性の認証に関しては厳しい審査が行われている。航空機の重要な部品に関しては10の9乗時間(約11万年)に1回の故障しか許容されず、しかもその基準は年々厳しさを増している。一つは、ソフトウェアの役割が大きくなるに従い、システムとしての航空機が複雑化していることにある。また、もう一つは、航空機の審査基準は大きな航空機事故が発生すると、その事故調査から事故原因に対する対応が求められることある。MRJの審査においても、燃料タンクの防爆や、電気配線の発火などに関する新たな基準が導入されている。欧米ではこうした状況に適切にかつ迅速に対応できるように民間での検討結果を活用して審査基準を制定する制度が出来上がっており、わが国でも認証制度の見直しが求められる[6]。
航空運送事業に関しては、1987年にアメリカのカーター政権が制定した「空の自由化」政策により、航空行政に大きな変化が訪れ、日本でもLCCが生まれている。ただし、LCCも採算性の良い航空路線をターゲットにしており、地域航空に関しては、JALの破綻や国内の人口減などにより縮小傾向が続き、利用者の利便性が損なわれているのが実情である。アメリカでは、ハブ空港から地方への路線に100席以下のリージョナル機が大手航空会社の子会社により、または大手からの委託により運航し、地域航空ネットワークによる新たなビジネスモデルが形成され、また、ビジネス機を利用したオンデマンド運航も始まっている。日本においても、地方都市と国内外の都市を結ぶ新たなビジネスモデルとそれを支える航空体系の研究が求められ、ひいては地方の活性化、国内外の旅行者の拡大につながると期待される[1,2]。
航空機製造、航空運送事業は、世界的な成長産業であり、今後15年から20年で世界の旅客輸送量は2倍に増加すると予測され、こうした成長を如何に日本に取り込むかという課題がある。日本国内の航空機産業の年間売上高は2兆円前後であり、日本のGDPの0.3%に過ぎない。これは、欧米の航空先進国がいずれも1%を超える現状からすると、国内の航空産業をより発展することができる余力を残していると言える。特に、国内では民間航空機の装備品と呼ばれる精密機器の売り上げが低く、国産ジェット旅客機の開発により、今後、同分野の拡大に繋がることが期待できる。現在、そうした期待から、航空機産業参入を目的とした航空宇宙産業クラスターが全国で40以上立ち上がっており、そのための人材養成、産学連携研究推進などの取り組みが求められる。航空イノベーション総括寄付講座では2016年の国際航空宇宙展開催に合わせ、ブラジル、カナダ、フランスの航空分野での産学連携の推進者を公益財団法人航空機国際共同開発促進基金の協力を得て招聘し、各国の取り組みを調査した[7]。今後は、その成果を国内の産学連携強化に生かしたい。
航空分野では、「ドローン」と呼ばれる小型無人航空機の活用が世界的に広がり、わが国でもその安全な利活用と研究開発推進のために内閣官房に「小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会」が設置され、官民での検討が行われており、2018年9月にはドローン物流事業のための審査要領も整備され、事業が開始されようとしている。今後、更なる活用のためには、研究開発とともに更なる制度設計が求められる[8]。また、ドローンの大型化に伴い、人が乗ることのできる電動の小型航空機(「空飛ぶ車」と称される)の研究開発も各国で急ピッチに進み、その利活用も想定されている。こうした状況から、「空の移動革命に向けた官民協議会」が経済産業省製造産業局及び国土交通省航空局の合同で設置され、研究開発および利活用のロードマップ策定に向けた作業が行なわれている。「ドローン」や「空飛ぶ車」のような新たな空のシステムに関しては、1)安全性の確保、2)騒音やエネルギー利用などの環境問題、3)経済的な利用システムとともに、4)利用者の社会的受容性と、産業育成および国際標準化に関する議論を総合的に進める必要がある。
このように空の移動に関しては大きなイノベーションが起きようとしている。次世代スカイシステム研究ユニットは東京大学における次世代スカイシステム研究のハブとなり、その実現に貢献することを目的としている。
参考資料
- [1] 提言「航空イノベーションに向けて」〜失われた20年からの脱却における航空産業の貢献〜, 2014-09-25
- [2] 航空イノベーションフォーラム『地域航空と地方空港の未来』, 2013-01-22
- [3] 次世代航空機燃料イニシアティブ報告書, 2015年7月
- [4] 東京大学航空イノベーション研究会 (編集), 鈴木 真二, 岡野まさ子 (編集), 『現代航空論:技術から産業・政策まで』, 東京大学出版会, 2012/9/21
- [5] 鈴木真二, 川上光男, 小瀬木滋, 伊藤一宏, 小林真一, 渋武容, 航空技術認証取得体制の構築に向けて~MRJ開発から分かったこと~, 日本航空宇宙学会誌, 66(4), 89-97, 2018.
- [6] 鈴木真二, 航空産業を俯瞰する, 一橋ビジネスレビュー, 2018年春号, 8-21, 2018.
- [7] 渋武容, 伊藤一彦, 鈴木真二, 航空機産業育成への先行国の産学官連携した特徴的な取り組み, 日本航空宇宙学会誌, 65(10), 297-302, 2017.
- [8] 鈴木真二, 『ドローンが拓く未来の空:飛行のしくみを知り安全に利用する (DOJIN選書)』, 化学同人, 2017/3/8