日中韓意識調査から見えてくること

東京大学政策ビジョン研究センター講師
三浦 瑠麗

2018/11/28

世論が外交に与える影響は、時代が進むにつれて高まっている。 民主主義国はもちろんのこと、権威主義国においても世論の重要性が高まるに従い、 世論をどう理解するかという分析が不可欠になってきている。 国際政治学はこれまで、紛争と対立を説明するに際し、相対的な国力差に着目してきたが、 世論を形成する国民の対外認識こそ、相対的な力の差を「脅威」と認識させるか否かを決定するからだ。

2014年末に、日本、中国、韓国の国民の対外認識について、 各国2,000人に対して実施した調査(外務省「外交・安全保障調査研究事業費補助金」の支援を受けた)の結果を基に考えたい。 調査を通じて、国民相互の認識や、日本国民の対中脅威認識を決定づけた因子などが浮き彫りになった。

日本人の対外認識では、東アジアの安全保障に重要な役割を果たしている、 米、中、韓、印、豪、ロの6カ国に対する好感度を比較すると、 日本人の中韓への好感度の低さが目立つ。 特に、中国に対しては「大好き」から「大嫌い」までの6段階評価において好意的な評価を下したのは1割に満たず、 3割以上が「大嫌い」と答える厳しい結果となった。 このような傾向は、性別、世帯収入、居住地域などの属性を通じておおよそ共通していた。 若年層の方が多少好意的であったことが、未来へのかすかな希望だ。

中国人の対外認識を見ると、調査対象の6カ国に対しては、日本およびインドに対する好感度が低い。 日本に対しては「大嫌い」もしくは「嫌い」という否定的感情の度合いが高いことがうかがえる。 日本人として多少意外に感じるかもしれないのは、中国人の日本認識の方が、 日本人の中国認識より好意的であるという事実だ。 中国人の4割弱は日本に対して好意的な感情を持っているのである。 とはいえ、全体としては日中相互において否定的な感情を有する国民の割合が高く、 それは他国と比べても際立っているという事実は揺るがないだろう。 安全保障を考える上では、この現状認識から始めなければならない。

それでは、日本人の反中感情はどうしてそれほど高まってしまったのであろうか。 この難問を解くヒントになる分析を行った。 日本人の対中認識を形成する様々なプラスイメージの因子について個別に検討した結果、 「信用できる」「平和的である」「寛容である」「国際的なルールを守る」 といった因子がもっとも対中好感度と相関しているにもかかわらず、 その絶対値が低いことが明らかになった。 それらの因子が重要であるにもかかわらず、その評価が極めて低いことが分かる。 反対に、絶対値としては高い平均値が与えられた「強い」「エネルギッシュ」などの評価は、 まったく対中好感度に寄与しない。 言い換えれば、日本人の多くは、中国のことを「強い」、あるいは「エネルギッシュである」と認識しているが、 他方で、中国を「強く、エネルギッシュである」と感じるが故に、否定的になる層が存在するということだ。 日本では、中国への脅威認識、あるいは劣等感が否定的な感情につながっているのである。 これは、なかなか根深い感情である。

では、はたして希望はあるのか、あるのならばどこに存在するのか、という点に関しては、 今回筆者が行った意識調査が示唆するものは十分にある。 今回の調査からは、経済的なかかわりや外国語習得・渡航歴等国際性が豊かな層ほど、 そうでない層に比べて対中感情や対日感情が良いことが示された。 とりわけ、中国人の中でもビジネス上日本との関係があり、 その経済関係において収益増加が見込める層における対日感情の改善は目覚ましい。 経済の相互依存と、国家間の関係強化が相互の脅威認識の改善に対して有効な対抗策であるということは、 厳しい局面にある日本の安全保障にとっての希望である。

確かに、日中間において互いの国民感情が改善しない理由には歴史問題やナショナリズム、 日本の自信の喪失などさまざまな要素が影響している。 だが、その悪感情は、経済的相互依存を健全に深化させ、 とりわけ現在は非民主的な体制を取る中国側の経済セクターの存在感や発言権が増していくことによって、 部分的に乗り越えられる可能性を秘めている。 安全保障の確保と国民間の信頼関係の向上に向けて努力すべき方向性を示していると言っていいだろう。

同様の分析を日韓関係についても行うと、似たようなトレンドが明らかになる。 日本人の抱く韓国に対するプラスイメージのうち、好感度に寄与するものは総じて与えられる点数が低く、 エネルギッシュであることなどに対する高い評価はほとんど好感度に寄与しない。 韓国から日本を見た場合も、好感が形成されやすい要素である「信頼できる」「親切である」 などのイメージを持つ人はごく限られている。 ここでも、海外渡航経験や外国語の習熟、ビジネス上の取引関係がすべてプラスに働いていることは明らかである。

日韓関係で深刻なのは、にもかかわらず、 ビジネス上の取引関係で日本との間の取引が伸びると答えている人の割合がごく少数でしかないことだ。 結果として、将来に渡り、対日感情が緩和する層がごく少数にとどまってしまう。 経済関係が冷え込んだり、 日本が魅力的なマーケットではなくなる結果として関係がさらに悪化するということが問題の根幹にあることが分かるだろう。

今回の調査から言えるのは、経済的相互依存は、人レベルでは確実に平和創出効果を持つということだ。 けれども、とる政策が間違っていたり、相互依存度が十分に深まらなければ、 国家規模での友好関係は成り立たない。 今後の課題が明らかになったと言えよう。

この記事は、2018年2月発行の政策ビジョン研究センター年報2017に掲載されたものです。