データ中心社会におけるインフラとしてのデータセンターとSDGsへの貢献

東京大学政策ビジョン研究センター准教授
佐々木一

2019/3/15

データ中心社会におけるインフラとしてのデータセンター

政治情勢、自然災害リスク、エネルギー安全保障など、社会を取り巻く環境は大きく変化しつつあるなかで、産業界においても持続可能な社会にむけた視点が醸成されてきた。国連が2015年に提唱した持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals: SDGs) は、そのきっかけとして大きな役割を持つ。これまで途上国を主眼として対象としてきたミレニアム開発目標(MDGs)から範囲と目標を広げ、地球上の全ての人類を含めた包摂的(Inclusive)な目標である。包摂的とは、都市と地方、先進国と途上国、などを分け隔てなく誰ひとり残すことなく対象にしているという意味を包含する。そのための基盤技術としてAI、IoT、ビッグデータなどのデジタル技術も大きな役割を果たすことが期待されている。健康・医療・介護、モビリティ、インフラ、などデジタルイノベーションがあらゆる生活領域に溶け込み、同時にかつてのデジタル・ディバイドは急速に小さくなりつつある。本稿では、この未来社会を支える基盤として不可欠な要素としてデータセンターに着目し、有り得るSDGsへの貢献について議論をしたい。古くは一部の通信事業者や金融機関にその利用が限定されていたデータセンターだが、いまや大規模で多様なデータを高速かつ安定的に処理する計算機が集中することで、それ自体がSDGs達成に向けて必要なインフラであるといえる。一方で、データセンター自身がもつエネルギー消費の問題は、SDGsを見据えた未来社会を考える上で避けては通れない。いまや国内首都圏における消費電力の約12%、世界全体では全消費電力の2%がデータセンターによるものである。更に今後の消費量は爆発的に急増していくことが想定されている1 2

データセンターの消費エネルギーが文字通り桁外れである米国巨大ITプラットフォーマー(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が、その持続可能性に取り組むのは必然であると同時に、すでにこの数年で具体的な成果を実現させている。例えばグーグルは、再生可能エネルギープロジェクトへ約30億ユーロの投資を可能にする長期契約に署名した。また、機械学習を用いてデータセンターの消費電力を効率化するというアプローチも積極的に行っており、Deepmindによりデータセンターの冷却のために必要となる電力を40%削減している3 。シアトルDenny Triangleにあるアマゾンの建屋では、データセンターが生み出す排熱を、地下水道管を通じて暖房に用いることで従来の4倍程度の暖房効率を実現している4 。AWSのエネルギー使用のうち再生可能エネルギー使用率100%を目指しており、すでに2018年1月には、すでに50% 達成している。フェイスブックはRenewable Energy Buyers Alliance(REBA)の創設メンバーであり、アップルは2014年にすでにデータセンターの電力の100%を再生可能エネルギーで賄っており、「サプライヤーの手本となるべく努力を重ねてきた」としている。彼らはデータ覇権社会のプレイヤーとして脅威と認識されている一方で、自ら責任あるエネルギー調達を行っているということも忘れてはならない。これら4社はいずれも、RE100(再生可能電力100%を約束する有力企業の世界的イニシアチブ)のメンバーである。我が国の情報技術産業でRE100に参画している企業は、残念ながら2019年2月時点で存在しない。

データセンターとエネルギーに関わる学術知識の構造

データセンターにおけるエネルギー効率化ついては学術的・技術的に多様な議論がなされている。2018年末までに出版された論文のうち、データセンターとエネルギーの両方の概念を含むものを学術論文データベースWeb of Scienceから収集したところ、1,948件の論文を収集することができた。学術論文は相互に引用関係を有しており、全体を個別知識がおりなすネットワークとみなすことができる。さらにブレイクダウンされた小領域をクラスタとして特定することで、当該領域がどのような知識構造になっているかを把握することを助ける。この論文ネットワークを可視化したものが下図である。

データセンターにおけるエネルギー効率に関する学術論文データの俯瞰マップ

この図から見てとれることの一つに、データセンターとエネルギーを議論している学術分野は大きく分けて3つの主たる小領域で説明できるということが挙げられる。それぞれのクラスタに含まれる特徴的なキーワードや、被引用数の高い論文の上位の情報からそれぞれのクラスタがどのような議論の集合であるかを類推した。1つ目のクラスタは、クラウド化にともなうエネルギー効率化について議論された論文が集まる小領域であることがわかった。多くのアプリケーション/サービスがクラウドコンピューティングの活用に移行するにつれて、大規模で高い運用コストと温室効果ガスの排出をもたらす仮想化データセンターが急増し、エネルギー需要が増している。仮想化や効率的な計算処理をもってエネルギー効率を図ることを提案する論文などが多く含まれるクラスタ(小領域)である。2つ目のクラスタは、データセンターネットワークとして、スケーラブルなシステムを構築することで全体のエネルギー効率を図る論文郡が中心的な議論であることがわかった。3つ目のクラスタは、データセンターの排熱の利用や、効率的な冷却のあり方について議論している論文が主たるテーマを占めるクラスタであることがわかった。本稿ではこの3つ目のクラスタで議論されているような、データセンターのエネルギー効率化についてより注目する。高効率なエネルギー消費を実現するデータセンターを総称してグリーンデータセンター(もしくはグリーンエナジーデータセンター)と呼ぶが、とくにデータセンターの総消費電力の30% から50%を占める冷却に対するコストとエネルギーは喫緊の課題である。この問題は、データセンターが設置される環境に大きく依存し、逆に言えば寒冷地での安定的なオペレーションで大幅にエネルギーを削減することができる。事実、北極圏やノルウェイのフィヨルドにデータセンター設置する取り組みが存在する。また、マイクロソフトは海中にデータセンターを設置するプロジェクト「Natick」を進めている(このように、冷却に雪氷をもちいるデータセンターを特にホワイトデータセンターと呼ぶこともある)。

データ中心社会とデータセンターによるSDGsへの貢献

データ中心社会のインフラともなるデータセンターの持続可能性は、世界中のデータセンターにおいて共通課題である。改めてその認識を具体的なものにする為にも、データ中心社会におけるデータセンターがSDGsへの貢献を議論することは有意義である。情報技術で解決できる社会課題が益々増える中で直接的、間接的問わずSDGsへの貢献の幅は極めて広い。以降では、17のゴールあるいはその中の具体的なアクションに関連して、どのような大規模データ処理が用いられるかを議論する。静的テキストデータだけではなく、リアルタイムな画像データや動画データが急増することで、データセンターがいかにインフラとして重要となるかを再確認したい。

貧困をなくそう

貧困を無くすためには貧困を特定する必要がある。その手段は多岐にわたるが、多くは人口統計と健康調査 (DHS)が中心である。しかしながら、特に発展途上国では経済あるいは生計に関する信頼できるデータが極めて乏しい。衛星画像を用いたリモートセンシングによる貧困特定は、かつて夜間照明の有無を経済活動の説明変数としていたが十分に説明ができない課題が残っている。Jean(2016)らは、ナイジェリア、タンザニア、ウガンダ、マラウイ、ルワンダの5つのアフリカ諸国に対して人工衛星による画像データに対し転移学習を適用、経済変動の75%を説明できるモデルを提案している5 。これは従来の、夜間照明によるモデルと比較して大幅な改善をしめす。深層学習の技術的発展に伴い、畳み込みニューラルネットワークを中心に衛星画像データの説明力が高まっている。

飢餓をゼロに

「漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靭(レジリエント)な農業の実践」に貢献する。これは「2. 飢餓をゼロに」の具体的なターゲットのひとつである。オンラインセンサー、一般パケット無線サービス(GPRS)、GPS、RS(リモートセンシング)、VRTを用いた精密農業(Precision Agriculture)は、いくつかの発展途上国(インド、スリランカ、中国、タンザニアなど)の農作物、例えばサトウキビ、お茶に適した技術として注目されている6 。またワイヤレスセンサネットワークを用いた灌漑管理7 、農地モニタリング8 、温室効果ガスモニタリング9 、農業生産プロセス管理10 、作物病リスク評価11 といったデジタル技術の農業へのアプリケーションは伝統的な農業を環境にやさしい持続可能な農業へと変革するものである。

すべての人に健康と福祉を

健康と福祉は、ビッグデータとの親和性が高いドメインのひとつである。データ駆動型の臨床における意思決定支援ツール、電子医療とゲノミクスに基づいた疾患予測ネットワークなど多くのアプリケーションが期待されている。しかしながらこれまで、ヘルスケアの業界では膨大なデータが蓄積されていたにもかかわらず、そのほとんどがいわゆる非構造データであった。これは、これらのデータが効率化を生むための資産ではなく医療提供の副産物として認識されていたからに他ならない12 。現在、利活用を前提としてデータを収集・整理していく動きが世界的にもヘルスケアにおいて標準となりつつある。実際に我が国では政府が国民の健康寿命の延伸のため、「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画としてデータヘルス計画の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める」としている。なお、東京大学政策ビジョン研究センターでは、データヘルス研究ユニットとして労働生産性の損失とその影響要因との関係を明らかにし、効果検証のスキーム構築、及び効果的な介入の開発を行い、中小企業における健康経営の更なる普及に資する活動をしている13

質の高い教育をみんなに

いまや教育も情報通信技術と切り離せないドメインである。「2020年までに、開発途上国、特に後発開発途上国及び小島嶼開発途上国、並びにアフリカ諸国を対象とした、職業訓練、情報通信技術(ICT)、技術・工学・科学プログラムなど、先進国及びその他の開発途上国における高等教育の奨学金の件数を全世界で大幅に増加させる。」はこのゴールのひとつのターゲットである。STEM教育(科学・技術・工学・数学)を受けた若者は、教育中もまたその後の将来においてもデジタルツールへを高度に利活用する能力を持つことが当たり前のものとなることが想定される。また、いまや教育は若者だけのものではない。リカレント教育をはじめとした学び直しが注目される中、老いも若きもSDGsの理念「誰一人取り残さない-No one will be left behind」のもとに教育を、そしてその活用の場を提供できる社会でなければならない。

ジェンダー平等を実現しよう」

「女性の能力強化促進のため、ICTをはじめとする実現技術の活用を強化する。」。これはゴール5のアクションのひとつである。ジェンダー問題になぜICTが重要であるかといった観点には機会、キャパシティ、相互理解の3つの観点があげられる14 。ICTは年齢、地域、国籍、立場を超えてすべてのビジネスがグローバル市場に置いて同等の立場で競争することを可能としてきた。それはジェンダーについても同様である。女性起業家が世界市場に参入しつつあるなか、ICTを利用することでジェンダーを含むあらゆる立場の差はますます小さくなることが期待される。ICTは、これまで女性に対して不十分であった医療や教育などの基本サービスのアクセシビリティの向上を実現しやすくしてきた。またジェンダー賃金格差に対してもブロックチェーンを基盤としたサービスの提案がなされつつある。ジェンダー平等にICTが貢献している中で、ビッグデータやIoTといったツールが普及するとともに一層の貢献が期待できる。

安全な水とトイレを世界中に

水の惑星である地球も、淡水に限って言えば全体の2.5%程度にすぎない。いわゆる発展途上の国の8割は飲料水を利用できないばかりか、アフリカでは飲料水の75%が地下水からのものであり、伝染病の原因ともなっている。一方で、水質汚染のモニタリングによってコレラなどを一定程度予防できることがわかっており、安全な水の提供のためには、無線センサーネットワークを用いた水質モニタリングは有効なソリューションといえる15 。また、トイレについてはIoT化が進みやすい空間のひとつとされている。座るだけで非侵襲で血圧などの健康状態を測定するアプローチ16 などが実装されるなど、ヘルスケアビッグデータの利活用の例として注目されている。

エネルギーをみんなにそしてクリーンに

こと我が国では、震災を機に集中型エネルギーシステムの脆弱性が露呈された。スマートグリッドや地域分散型エネルギーシステムネットワークが増加していくことが予想されているなかでも、同時同量制約下における発電機の運用が前提になることは変わらない。各地域における過去の電力利用データに基づく供給マネジメントシステムは不可欠であり、需要予測システムなどの構築が進んでいる。そのためのデータセンターはすでに不可欠なインフラのひとつとなっている。

働きがいも経済成長も

仕事と生活の調和(ワークライフバランス)と生産性向上の両立のための社内ビッグデータの利活用の取り組みが、官公庁・企業問わず活発になりつつある。会議時間や、残業時間の減少など定量的に評価可能な指標を可視化するといった試みはデータを用いた活動として直感的にわかりやすい。一方で、いまやあらゆる産業が徐々に労働集約型、資本集約型から知識・情報集約型の産業に以降しつつあることを忘れてはならない。そのような中では労働時間をかければかけるほど生産できるというこれまでの発想は変えていく必要がある。AI、ビッグデータによって、人間が行わなくても良いような作業と人間が行うべき作業はより意識したビジネスのあり方が求められる。また、在宅勤務や副業の緩和などの働き方自体が多様化すると、地理的時間的な制約はこれまで以上に柔軟になる。結果として業務自体をクラウド上で行うことが一層標準的になることから、働き方改革に対してもインフラとしてのデータセンターが不可欠である。

産業と技術革新の基盤をつくろう

データはあらゆる産業を横断する資源であると同時に、あらたな産業を変革しつつある。第四次産業革命の主要技術である人工知能(と呼称されるあらゆる情報技術)は、ものづくりや生産システムのあり方を大きく変えうる。これらの技術はスポーツの分野にも進出し、アスリートのパフォーマンスを向上はもとより、エンターテイメントとしてのスポーツ観戦のあり方も大きく変えつつある。またGAN(Generative adversarial networks:敵対的生成ネットワーク)に端を発した生成モデルは、音楽や絵画を含むアートの活動すらも大きく変えている。産業や文化を大きく変革するような技術基盤をつくるには、インフラそのものが頑健でなければならないことは言うまでもない。

人や国の不平等をなくそう

World Economic Forumは、2027年には世界の国内総生産(GDP)の10%がブロックチェーンで管理されると予想している17 。ブロックチェーン技術によって期待されている変革の一つが経済格差の解消である。中央集権で管理されていた信用担保機能がもつ脆弱性、不透明性は多くの国で不平等の起因となっている。国家という概念が薄い地域では、安定的に信用を担保できる中央という概念自体が幻想である。実際アフリカでは銀行口座を持っている人口は20%、ケニヤでは10%、タンザニアでは5%にすぎない18 。価値を交換する媒介としての信用そのものを分散管理による取引・交換を可能とするブロックチェーンは取引の透明性を高め詐欺や汚職を減らすことが期待されている19 。ペルーの中道政党は、ブロックチェーンをして腐敗や汚職と戦う、と有権者に宣言するほどである20 。Transform Africa Summitとよばれるサミットが毎年キガリ(ルワンダの首都)で開催されているが、ブロックチェーンのセッションが毎日あるなど、南アフリカにおいてもブロックチェーン技術への関心は極めて高い。

住み続けられるまちづくりを

カナダのトロントは、サイドウォーク(アルファベット(グーグル)の関連会社)の実験都市として有名である。これはトロントのウォーターフロントのいち区画を最先端のテクノロジーを駆使したエリアに再開発するものである。具体的には、自動運転車のみが走る道路や、キュービックパズルのように分けられた「Loft」と呼ばれる空間デザインによる建築や、エネルギー消費量を極めて効率化したまちである。電力消費量、騒音、空気汚染、ゴミの量、人の移動など、あらゆるものをデータで管理する。Soceity5.0が標榜するような、サイバー空間におけるテクノロジーがフィジカル空間と融合するまちのありかたの一つである。知識集約社会におけるデータのありかたは、まちづくりにとってますます欠かせない要素となる。

つくる責任つかう責任

今やRFIDやIoTによって、極めて低い運用コストでサプライチェーンにおける追跡が可能になっており、ブロックチェーンをはじめとする分散型台帳技術により一層可能性を広げている。世界における食のトレーサビリティ技術の市場規模は2016年時点の107億ドルから2021年には151億ドル程度になりうる21 。EUでは、細菌汚染や遺伝子組み換え(GMO)などの観点から、食品の生産並びに輸送を正確に追跡することが一般食品法で求められ22 、米国においても2006年のバイオテロ法で同様に法制化されている。一方で日本においては依然として強制力がないが、消費者の意識向上と業者の自主性によって事実上のトレーサビリティが実現しつつある。また、つかう責任つくる責任は食品にかぎらない。自分が使っているものがどのような原材料で誰がどのような環境で採取したものなのかを意識することは、消費行動そのものを変える。必要であるから買う、欲しいから買う、のみならずそれを作っている企業を応援したいから買うという側面がより強くなる消費のあり方が標準的になる未来はそう遠くない。

気候変動に具体的な対策を

コロラド大学ボールダー校内にある米国雪氷データセンター (National Snow and Ice Data Center:NSIDC)は氷雪圏の観測およびデータの管理・配信などを行う研究機関である。南極の棚氷の力学モデル、雪のリモートセンシング、土壌の凍結融解サイクル、また北極海および南極海をリアルタイムに監視し、定期的な分析結果を提供している23 。これらは地球の気候変動を把握するために極めて重要な研究である。世界中に120テラバイトの科学的データを提供し、24時間稼働するデータセンターは、冷却だけで34万世帯に電力を供給するのに十分な電力(年間30万キロワット時以上)が必要となる。この米国雪氷データセンターはそれ自体がグリーンデータセンターでもありさらにいえばホワイトデータセンター(雪氷を用いた冷却技術によるエネルギー効果を実現したデータセンター)でもある24

海の豊かさを守ろう

漁業は人間による天然資源の獲得のなかで広く行われている活動のひとつであるが、その実態が十分に定量化されていなかった。世界中でおきている漁業資源の乱獲は、全体で年間830億ドルの減獲であるという25 。世界中の海洋漁業活動を可視化するサイトGlobal Fishing Watchによって、これまで未知であった海洋漁業の実体がよって明らかになった26 。Global Fishing Watchは、グーグル、OCEANA(海洋NGO)、SkyTruth(漁業NGO)の3社によって運営がなされており、人工衛星から得られた漁船の位置情報をもとに乱獲の実体や、密漁などの違法漁業を特定する試みを進めている。位置情報のトラッキングのみならず、漁船の移動パターンから異常検知を行う仕組みも取り入れられている。例えば、漁獲した魚を別の船へ積み替える転載という行為が、違法漁業、虐待的労働慣行、人身売買などの違法行為を伴うものであることが多いという。漁船の行動パターンをもとに、転載している船舶を特定する機械学習アルゴリズムを実装するなどの実現に成功している。Global Fishing Watchが目指すのは世界中の漁船の監視と可視化である27

陸の豊かさも守ろう

LiDAR (Light Detection and Ranging) を用いることで、旧来のリモートセンシングでは得られなかった高さ方向のデータを直接得られるようになった。高さ方向の情報は、森林を対象としたリモートセンシングにおいて非常に重要であるが、近年では人工衛星のみならずドローンでそれを実現しつつある。フロリダ州オーランドのドローンベンチャーHarris Aerial社などはガソリンと電気のハイブリッドでLiDARを搭載した状態でも数時間飛行できるドローンを開発している28 。大量の高解像度画像や高FPSの動画をリアルタイムで処理するためにはインフラとして頑健なデータセンターが必要となる。

平和と公正をすべての人に

パトリックメイヤーはハイチ地震が発生した際に被災状況をリアルタイムマッピングしたことで有名となった、人道支援や自然災害に対するテクノロジー活用を訴える活動家のひとりである。彼が発端となった活動は、災害のみならず抑圧的支配下にある国々の現状をクラウドソーシングでマッピングすることによる現状把握と是正を可能しつつある。人工衛星画像をクラウドソーシングによって解析し、人権侵害の報告を裏付けるようなデータを提供できるかどうか判断する試みを行うシリアトラッカーは良い例である29 。グアテマラでは1960年から1996年にかけての内戦のなかで、大量虐殺が行われているのではないかという噂があったが、当時その主張を検証する証拠は出てくることがなかった。Benetechといった、データサイエンスを通じて地政学的問題に取り組む非営利団体は、Software for Social Goodを謳い、グアテマラ警察に秘匿されていたファイルから数十年にわたるデータを分析し、グアテマラで実際に虐殺が起こったことを明らかにした30 。あるいはシリアの観点でいえば、難民を救うために仮想通貨のマイニングを用いる活動を昨年ユニセフが提案し話題になった。これは専用マイニングツールを用いて、GPUのアイドルリソースでイーサリアムをマイニングしてもらうことで、ユニセフのウォレットに募金がされる仕組みである31 。このように、情報技術は人権侵害の加害者を救うことが可能である。Twitterデータをもとに抗議運動がいつ発生するかを予め予測するような研究も政府支援資金の援助を受けて実施がなされるなど32 暴力(Violence)や摩擦(Conflict)を予防するための技術としてもビッグデータは注目を浴びている。

パートナーシップで目標を達成しよう

以上のゴールを達成するには、社会、環境、経済の課題に対する総合的な活動が必要である。多くの国や地域において必要なデータがまだ十分ではない。公共に資するビッグデータの多くは、依然として民間部門によって収集されているなかで、官民パートナーシップはより広く普及する必要がある。SDGsのためのデータ革命事務総長の独立専門家諮問グループ(IEAG)は、下記の3つの試みを促進するという具体的な提言を行っている33

  • データギャップを埋めるためのイノベーションの促進。
  • 先進国と発展途上国の間、およびデータの乏しい人々とデータの豊富な人々の間の不平等を克服するための資源の動員。
  • データ革命が持続可能な開発の実現に全役割を果たすことを可能にするためのリーダーシップと調整。

以上17のゴールに対してデータ中心社会がどのような形で貢献するのかについて事例を上げた。いくつかナイーブに解釈した面もある。データ覇権社会がもたらす負の側面にはあえて触れなかった。いずれにしても、どのゴールにもデータ中心の社会とその技術基盤となるデータセンターが不可欠であるという主張は言い過ぎではない。なおSDGsの本家(UN)では、データサイエンスやビッグデータがSDGsに貢献できることとして下図のような例を17ゴールそれぞれに対して挙げているので参考にしたい。

United Nations, Big Data for Sustainable Development34

まとめ

SDGsを支える一つの技術としてIT/ICT、ビッグデータ技術は欠かせない要素である。それら技術を担うデータセンターはデータ中心社会におけるインフラの一つである。持続可能な社会を実現するためにはインフラ自体が持続可能であり、フェイルセーフなシステムでなければならない。グリーンデータセンターはそのひとつの解といえる。SDGsは誰ひとり無関係ではいられない現代地球人の目標の一つである。あらゆる企業体は、人的資源はもちろんのこと地域資源、環境資源を活用した社会における公器といえる。いささかブームともいえるSDGsも社会全体の持続可能性と企業のGoing Concern (継続企業の前提)は相互に依存関係にあることを改めて認識する良い機会であると考えたい。 最後に、SDGsのゴールを達成する活動に対して筆者の主観を述べたい。SDGsの17のゴールはそれぞれが独立ではなく、相互に関連しあっている。一つのゴールに向けて活動することが結果として他のゴールに良い影響を与えることもあれば、逆に阻害することもある。もしかしたら、環境に良かれと思って行っているエコ活動が地球全体としては不利益を生むようなこともあるかもしれない。SDGsを通じて我々が受け取るメッセージのひとつは、世界はすべてが繋がったシステムそのものであり、自分自身もその起点であるということである。世界を全体としてみる視座を得ることこそが本当のゴールなのかもしれない。


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