概要
少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少により、企業の人材不足が顕在化しており、特に中小企業の6割で人手不足となっている。また、1970年から40年で労働者の平均年齢が7歳上昇したことに伴い、労働者の心筋梗塞等の死亡率は集団として約2倍となる構造になった。これは企業にとって大きな構造変化であり、従業員の健康はこれまで以上に重要な経営課題となっている。
政府は2013年6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」において、国民の健康寿命の延伸のための予防・健康管理の推進に関する新たな仕組みづくりとして、「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画としてデータヘルス計画の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める」とした。また、「日本再興戦略 改訂2014」では、経営者等に対する健康・予防インセンティブとして、「健康経営1)に取り組む企業が自らの取組を評価し、優れた企業が社会で評価される枠組み等を構築する」とし、企業による健康投資の促進を図ることとした。具体的には、「健康経営を普及させるために、健康増進に係る取組が企業間で比較できるよう評価指標を構築するとともに、評価指標が今後、保険者が策定・実施するデータヘルス計画の取組に活用されるよう具体策を検討」するとされた。さらに、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2016」では、企業の健康経営と医療保険者によるデータヘルスとの連携により職場の取組の実行性を高め、健康増進に加え、生産性向上にも資することが掲げられた。現在、国内企業において、事業所数では99.7%、従業員数では70.1%を中小企業が占めており、少子高齢社会・日本の生産性向上には中小企業の取組が不可欠と言える。
このような背景のもと、健康経営を実践する中小企業を対象としたフィールド調査を通じて、労働生産性の損失とその影響要因との関係を明らかにし、効果検証のスキーム構築、及び効果的な介入の開発を行い、中小企業における健康経営の更なる普及に資することを目的とする。
進捗状況
横浜市と協働で実施した2017年度フィールド調査により以下3点、中小企業における労働生産性の損失と健康リスク等の関係が明らかになった。また、職場が一丸となって健康づくりに取り組むことにより、従業員同士のコミュニケーションの高まりや、仕事に対するモチベーションの向上につながる可能性がうかがえた(古井ら 2018)。
- 1. 従業員の健康リスクとアブセンティーイズム、プレゼンティーイズムとの間に有意な相関が認められ、アブセンティーイズムは健康リスクがある臨界点を超えたところで一気に上昇する構造、プレゼンティーイズムはリスク上昇に伴い徐々に増加する構造であることが示された。
- 2. ワーク・エンゲイジメント、職場の一体感2)とプレゼンティーイズムとの間に有意な負の相関が示され、従業員の健康を高めることを基盤としながらも、同時に従業員の仕事へのモチベーションや職場のコミュニケーションの向上を図るような取組の設計とすることが労働生産性損失の改善につながることが示唆された。
- 3. 従業員へのインタビュー調査から、職場での取組が従業員の健康意識や生活習慣、体調、仕事のパフォーマンス、職場のコミュニケーションの変化につながっていることがうかがえた。
今後の展開
- 自治体との連携のもと協力事業所を拡大してサンプル数を増やすことにより、調査の精度を高める。
- 従業員の健康リスクについて、主観的な質問項目と共に健診データも加えて評価する。今後は保険者と連携を図り、健診データを活用した健康リスクの評価により、事業所の状況と取組による効果を測定していく。
- 労働生産性の損失の影響要因と想定する健康リスク、ワーク・エンゲイジメント、職場の一体感等について、介入研究によりその因果関係を検証する。
注釈:
1) NPO法人健康経営研究会の登録商標。本研究会によると、健康経営とは「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することと定義されている。
2) 新職業性ストレス簡易調査票(標準版)の質問項目と得点計算法を使用した。
参考文献:
古井ら(2018).中小企業における労働生産性の損失とその影響要因. 日本労働研究雑誌
研究の実施のお知らせ
研究課題:健康経営を実践する中小企業を対象とした労働生産性とその影響要因に関するコホート研究
東京大学倫理審査専門委員会 審査番号:18-87
研究責任者:古井祐司
研究の概要:
中小企業に勤務する従業員に関して、健康リスクが高いほど、労働生産性の損失が大きいことが示された(古井ら 2018)。更に同研究では、仕事に対する熱意や誇りを表すワーク・エンゲイジメントや、職場の一体感が高い従業員ほど、プレゼンティーイズムによる損失が小さいことを明らかにしている。当研究では、これまで一時点で同時に観測していた労働生産性とその影響要因を複数時点で観測することにより、労働生産性の変化を測定し、その変化を他の影響要因の状況や変化により説明できるか検証する。それにより、労働生産性の改善が期待できる影響要因を明らかにし、その影響要因への介入を提言できるエビデンスを構築する。
研究課題:職場における毎日の体重測定による、体重や労働生産性、健康リスク等の変化に関する介入研究
東京大学倫理審査専門委員会 審査番号:18-211
研究責任者:古井祐司
研究の概要:
定期的な体重測定(self-weighing)が、欧米の肥満者(BMI25以上、主に白人女性)に関して、体重の減量に効果的であることが認められている。特に測定頻度として、毎日体重測定することが、週1回、月1回よりも体重減少が大きいことが分かっている。体重管理による波及効果として、食生活に対する健康意識が高まることが見られた一方、抑うつなどの精神状態への悪影響は見られなかった。
また、ウエスト周囲径(内蔵脂肪蓄積)が、メタボリックシンドロームの診断基準の必須項目に設定されているように、肥満レベルを評価するために、CTスキャンなどで内蔵脂肪測定を行うことが望ましいとされている。内蔵脂肪計(EW-FA90)は、職場で簡易に測定ができ、かつ、同医療機器による測定値はX線CT画像解析による測定値と高い相関がある。
そこで本研究では、日本の肥満者を対象にに関して、職場での定期的な体重測定によるの減量と内蔵脂肪の改善に対する効果を測り、さらに健康リスクと労働生産性の変化等との関連を確認する。