【対談】エコカーを作るマインドセットで医工連携を
2018/6/12
片岡一則特任教授のチームは、抗がん剤をがん細胞にのみ届けるナノマシンの開発にあたっている。医工連携の賜物といえるこの技術には、健康な細胞へのダメージを軽減することによる患者のQOL向上が期待されている。医工連携の課題と今後のあり方について、片岡特任教授と大学院工学系研究科の小松崎俊作講師が語った。
医学研究をさらに促進するには?
小松崎 以前から言われていることですが、日本の科学研究は失速しているという課題が突きつけられています。医学分野はその中で比較的、頑張っている分野ですが、これ以上研究にそのまま資金を投じていくことがかなり厳しくなってきています。
一方で、医師数が増えて、医師の診療に従事する時間が減ると、論文の数は増えます。だから、医師の診療の負担を減らしながら、できるだけ研究に従事する時間を増やしていくことが非常に重要であるというようなことも言われています。
しかし病院の経営努力が限界に近づきつつある中で、特に大学病院における医師の研究時間を増やすという、両立が困難な問題があります。そのときには、医工連携が非常に重要なテーマになってくるんじゃないかと思っています。
片岡 その通りです。ランキングで日本の大学が落ちている背景には、国際化の遅れと、教育システムの硬直化があるでしょう。グローバル教育であるとか、病院のような社会との接点での教育とかもあります。そういうところでの制度改革が求められているようには見えますね。
医学分野の研究としては、基礎生物学的な分野もあるけれど、臨床に結びつくような、いわゆるトランスレーショナル研究※となると、病院でしかできません。そうすると病院のお医者さんが、忙しくて研究をやる暇がないという問題があります。だから工学部など他分野との、二人三脚的なシステムが必要というところではないでしょうか。
※トランスレーショナル研究
基礎研究で得られた知見や技術を、医薬品/医療機器などとして臨床の場で使えるようにする研究。
大学と病院でアフィリエイト契約を
片岡 ドイツで面白い例があります。ミュンヘン工科大学に医学部があるんですね。もちろん付属病院もあります。これには驚きました。ミュンヘンにはミュンヘン大学 (LMU) があって、医学部もあります。日本で言うと、東京工業大学に医学部があるようなものです。もちろん特徴があります。工科大学の医学部と病院だから、極めてプラクティカルで医療機器に非常にコミットしています。
小松崎 日本の場合、いま新しい病院を開設するのがなかなか難しいですが、既存の病院が工科大学とアフィリエイトの契約をすればいいんですね。
片岡 そうです。つまり、理科系、工科系の大学がどこかの病院とアフィリエイト契約を結んで、そこの病院に、その大学の研究者が行って研究をするとか、そこの病院にいる医師がその大学に来て研究をするとかができるといいと思います。医学部を新しくつくるのはものすごく大変だけど、病院は診療機関だから、そこにいる人たちはすでにみんなプロです。だから、大学がその病院をアフィリエイトにするということは、医学教育そのものではなく、医学研究にコミットできる。そういうやり方は今後、もっと日本でも進められてもいいような気がします。
小松崎 たとえば東京大学が、東京大学医学部附属病院という大学附属の病院と、そうでない、たとえばプライベートの病院とアフィリエイト契約を結んだ場合とでは、研究をするときのやりやすさなんかで違いがあるでしょうか。
片岡 もちろんあるでしょうね。東大の附属病院は東大医学部と一つの同じ大学にいるから、共通の大学のルールのもとでやるという点で非常にやりやすいでしょうし、大学付属の総合病院だから教育機関としての経験・考え方がしっかり根付いているので、工学系や医学系の大学院生などがそこに来て研究することに対する理解度が高い。それに対応できるだけの人的余裕も、診療を中心にする病院に比べたらあると思います。
大学でオープンイノベーションを̶国内大学間の共同研究を推進せよ
片岡 ただ、医学部を持っている大学でも、すべてを中で完結させる必要はないでしょう。大学も本来はオープンイノベーションなんだから、大学の壁を越えて一緒にやること、大学の外の病院も含めて国内外の機関と共同研究を推進することは大事なんじゃないかな。それが日本の国としての力をつけるには重要です。国内的にはもちろん、大学間競争はあるけど、国外との競争もあるんだから、国内としては単なる競争という観点だけではなくオールジャパンとしての協調も必要になるのではないでしょうか。
小松崎 少し話が変わりますが、人的リソースも、資金も減っている中で、日本の医療水準をどう維持し、向上させるかという政策課題もあるかと思います。その課題解決には、医師が医療機器をうまく活用するとか、医師をサポートする医療機器の開発が極めて重要です。その面でも医工連携に期待がかかります。そのために医師が工学的なセンスを持ち、工学に関わるような医療機器開発などに従事したり、関心を持ったり、うまく活用するための知識を身につけるということも 大事だと思います。
片岡 それはおっしゃる通りですね。僕の個人的な経験では、医師の中には極めて工学的センスに優れてる人もおられます。医工連携という未知との遭遇によって、その人たちが持っている本来の能力が開花するというのが理想のように思います。
ニーズ・境界条件を意識し、フェラーリではなくエコカーを作るマインドセットを
小松崎 日本の医療には平等という軸があって。人口ピラミッドが安定してた時代はそれでよかったんですけれども、人口減、高齢化が進んでくると、なかなかその平等を是とした、ある意味社会的コストの高いそのシステムが、少し維持しにくくなってきてるのかなって。
片岡 そうですね。あと、非常に薬価の高い薬とかの問題もありますね。
小松崎 ただ、平等を是としてきた日本の社会システムの中で、急に自由な方向に転換するっていうのはなかなか難しい。
片岡 これはもう、考え方かなっていう気がします。僕が学生だった頃、自動車は燃費なんかどうでもよくて、とにかく速く走るF1みたいなのが格好よかった。でも、今は変わりました。車を開発する研究者が、エコカーを作って、それが非常に技術的にも最先端をいくという意識に変わってきた。フェラーリやってる人が偉くて、エコカーやってる人がつまんないことをやってるっていう意識はもはやありません。いま、工学者たちは、産業を通して見て、境界条件の中で最良のものを目指すというのが最先端であるという意識になってますよね。
小松崎 ニーズベースで技術開発をしていくということですね。
片岡 だから薬にしても医療機器にしても、意識改革がわりと早く起こってくるんじゃないのかなっていう気はします。そういうふうにしていくとバランス取れるんじゃないかな。
医工社会連携を
小松崎 社会に貢献するという価値観が、今の若い世代に徐々に浸透してきているのかなと。
片岡 だから、医工連携って言ってるけど、本当はそこに医工・社会連携があると思います。医学に関して言うと、今までは、コストよりもともかく命が優先されていたんです。ただ、社会全体としてみんなの命を守るためには、前提が壊れてしまうと医療が成り立たないから、そこを併せて考える。それが医工・社会連携ということです。
小松崎 ドイツの事例だと、社会に貢献するという意識だけでなくて、そこに経済性、収入もうまく組み合わせてきているという印象があります。収益を見込んで医療機器を開発し、結果そのほうが命も助かって、医療費も減る。企業との連携も必要ですね。だから、医工・社会に、民間企業も一緒に入ってきてくれると、気持ちだけじゃなくてリソースも回り始めるかなと。
片岡 そういう仕組みは確かに、まだこれから作ってかないといけないところだと思います。マインドセットだと思うんですよね。だから、一見、自分のやってることは、経済合理性だとかそういうものに関係ないことかもしれないんだけど、いつもそういうマインドセットを持っていると、実はその研究の中から意外とパラダイムシフトみたいなのがあって、これをうまくやると、経済合理的にも非常に貢献できるんじゃないかっていうことにパッと結びついたりするわけです。これがやっぱり大事。フェラーリのほうが偉いだとかね、そういう意識をまずみんななくすってのから。その上で自分はそれをやったっていいけども。ニーズから入る基礎研究なんですよ。世の中は何を求めているのか。世の中は確かに高度な医療を求めてるんだけど、それに1億円払ってもいいとは言ってないわけ。だからそこには、実はニーズがないんですよね。
医工連携が進むと社会はこう変わる
――医工連携、医工社会連携が進むと、社会はどう変わっていくのでしょうか。
片岡 工学はもともと、何かを検出して、何かを診断して、何かを働かせるものでしょう。医療で行われている検出、診断、治療っていうのは、工学システムそのものです。例えばナノマシンだと、ナノマシンを体に注射して、「そこのがんの所に行って、がんを治してくれ」あるいは、「診断情報を外に出してくれ」ってことになる。こういうふうに工学の技術が医学に流れることによって、いつでもどこでも誰でも、同じレベルの診断・治療が受けられることが大事。医者をロボットに置き換えるというと、みんな、一瞬、えって思うでしょう。でもお医者さんが要らなくなるわけではありません。ロボットやAIの導入で医師に余裕ができるから、研究もできるようになるし、患者さんと接する時間が増える。一人一人の患者さんのカウンセリングもできる。多分、医師はそういう職業になると思う。質が変わってくるのでしょうね。
佐藤多歌子 学術支援専門職員(聞き手、編集)
藤田正美 客員研究員(編集)
この記事は、政策ビジョン研究センター年報2017に掲載されたものです。