完成機事業で日本が羽ばたくために

東京大学大学院工学系研究科教授
(政策ビジョン研究センター航空政策研究ユニット責任者)
鈴木 真二

東京大学総括プロジェクト機構航空イノベーション総括寄付講座特任教授
(政策ビジョン研究センター・公共政策大学院兼務)
渋武 容

2018/7/17

「世界のトヨタ」「新幹線がインドへ」など、日本の陸上交通技術は世界へと広がっている。空はどうだろうか? 航空機、特に旅客機をイチからつくる完成機事業はボーイングやエアバス、ボンバルディアといった海外企業の独擅場で、日本は大きく遅れをとっている。日本が航空機産業の分野で今後大きく羽ばたいていくために必要なことは何か、航空政策研究ユニットの鈴木真二教授と渋武容特任教授にうかがいました。

なぜ完成機事業か

――2015年にMRJ(三菱リージョナルジェット)の初飛行がニュースになりましたが、今、100席以下のジェット機であるリージョナルジェットの国産開発に大きな力が注がれているそうですね。これにはどのような背景があるのでしょうか?

鈴木 はい。それには大きく3つの理由があります。

一つ目は、旅客輸送量の伸びが今後期待できることです。世界の GDPの伸びは年率3%ほどですが、旅客輸送量はそれを3割以上上回る成長を示しています。特に、アジア地域で の需要が高まることが予想されています。こうした中、欧米 では航空機産業が GDP に占める割合が1~2%ほどありますが、日本はわずか0.3%、2兆円弱しかまだありません。つまり、この分野は国内で今後さらに伸びていく産業になりうる原石ということです。

二つ目は、完成機事業がもたらす国内製造業への波及効果です。素材ですとか要素部品単位で見ると今でも日本の航空関連産業は高いシェアを占めているのですが、仕様書通りのものを造るだけでは付加価値をつけづらく、利益の確保、技術の向上という両面で不利な状況になります。世界的な自動車部品メーカーがいくつか日本にありますが、これらは国内の自動車会社とともに発展してきたサプライヤーです。航空機の発展も同じように、関連する複数のサプライヤーを巻き込みながら発展することになります。

三つ目は、インバウンド観光の大きな発展というものがあります。日本国内はもちろん、近距離アジアの国とも地方空港同士を繋げたいという需要が出てきています。そこで注目されているのがリージョナルジェットと呼ばれる短距離輸送用の飛行機で、空の移動がより多様化して便利になることが期待されます。

――日本はものづくりに強い国ですが、航空機を造るのはそんなにも難しいことなのでしょうか?

鈴木 技術的にもそうですが、ビジネスの構造としても高い参入障壁があります。

――まずは、完成機事業のビジネス構造について教えてください。

鈴木真二教授

鈴木 第一に、機体の生産コストという問題があります。完成機は、一機造って売るというのでは完全に赤字です。同じ型の完成機を何機も製造していくなかで製造に必要な費用が下がっていくのです。そのため、ある程度まとまった数の販売計画が、そもそも機体が完成していない段階で立っている必要があります。

同様のことは開発コストにも当てはまります。完成機を多数製造することで、一機あたりの開発コストを下げることが必要です。また、ベースとなる機体から派生機を造る場合は開発コストが安くなるのですが、新規参入の場合はベースとなる機体がありませんので、どうしても開発コストが嵩みます。逆に言うと、今の完成機事業は、将来の完成機事業への投資になりうると見ることができます。

さらに、完成機は売ったらそれでおしまいというわけにはいきません。ずっと安全に定時で飛び続けるには、世界をカバーするカスタマーサポート網を敷くための初期投資も欠かせません。

新規参入には膨大な初期投資が求められ、それを回収していく長期スパンでの事業計画が必要なのです。しかもこれは、いま開発中の機体だけではなく、将来開発していく機体を含め、駅伝のように繋いでいく壮大な計画になります。

――技術的にはどのような点が難しいのでしょうか?

鈴木 エンジンや飛行制御システムなどは極めて高い技術レベルが求められ、さらには安全性に対する実績が必要になります。日本は今までこういったものを造ったり、運用してきたりした経験がありませんので、時間をかけて技術と実績を蓄積していく必要があります。

そもそも、民間航空機は、安全であることを証明しないと飛ばせない決まりになっています。仕様書通りにではなく自ら造るとなると、なぜこの形なのか、なぜこの寸法なのか、なぜこの材質なのかをすべて説明する必要があります。さらには国の航空当局がこれを認証していく必要がありますが、そのような経験もまだ日本にはありませんので、これから確立していかなくてはなりません。

――なぜこれまで日本は国産機を造ってこなかったのでしょうか?

鈴木 かつて、YS-11という旅客機を製造していたことがあります。いまからおよそ半世紀前のことで、前回の東京オリンピックの聖火を運びました。頑丈で世界では現在でも使われているのですが、損益分岐点を超える前に製造中止が決まり、円切り上げによる巨額の為替差損の発生もあり大きな累積損失となりました。これにより、完成機事業の道が絶たれたといえます。先程述べたように、数年先の損得ではなく、長期的な展望でこの完成機事業を捉える必要があります。

航空機産業の世界地図

――今、世界の航空機産業はどのような勢力図を示しているのでしょうか?

渋武容特任教授

渋武 航空機産業は、厳しい国際競争が繰り広げられた結果、同分野に三者は並び立たず、二者の競争に収斂するといわれています。また、いったん購入すれば長期間にわたって使い続けるため、機体性能とともに実績などが重視されます。新規参入者が高い参入障壁を超えて先行者に打ち勝ちスケールメリットを享受するのは、並大抵のことではありません。

客席数100席以上の大型旅客機については、アメリカのボーイング社、欧州のエアバス社という二大巨頭が君臨しています。

100席以下のリージョナルジェット機に関してはカナダのボンバルディア社とブラジルのエンブラエル社が市場を制覇していますが、小型旅客機の買い替え需要を機にMRJは新規参入を狙っています。特に、ボンバルディア社は主体を100席以上のクラスに移行しているため、今このタイミングにMRJが参入するチャンスがあるのです。

――リージョナルジェットの開発を行っているのは、日本だけなのでしょうか?

鈴木 中国やロシアもリージョナルジェットの開発を進めており、既存のブラジルとともに競い合うことになるでしょう。

WTOの原則では、輸出品に対して国が直接的な支援をしてはいけないことになっています。しかし実際は、完成機事業は航空分野に限らずその国の技術力の向上と産業の発展に大きく貢献することから、研究開発費の提供、租税等の減税措置、土地や実験設備の提供、試験機の買上げなど、様々な領域で間接的な補助が行われています。完成機事業が国家事業と呼ばれるのはこうした理由にあり、日本も戦略的に開発を進めなくてはならないと思います。

――日本のリージョナルジェットは、従来機や他国機と比べて、どのような点が評価されているのでしょうか?

鈴木 第一に、日本製品に対する高い信頼感です。自動車や新幹線はもちろん、日本の工業製品の耐久性や精密さは高く評価されています。非常に高い安全性が求められる完成機事業では、このことが強い武器となります。

そしてもう一つ、最新のエンジンの採用や、軽量化構造、優れた空力性能などによる省エネ技術が挙げられます。MRJの燃費は従来機に比べ 2 割以上向上しており、エアライン各社は MRJを導入することで燃料費を大きく削減することが可能です。また騒音も約4割軽減することが可能です。

これらの特徴が主にアメリカ市場で評価され、MRJはすでにオプションを含めて400機以上を受注しています。

横のつながりを持ち続ける場、大学で提供を

――日本が完成機事業を継続的に成功させていくために求められるのはどのようなことでしょうか?

鈴木 交渉力のある技術者、グローバルなビジネスができる技術者を育成することが挙げられます。航空機産業は、高い技術力だけで参入できるものではありません。技術に明るく、国際的な場でネゴシエーションしながら事業を進められる人材が欠かせません。そのためには、教育現場での産学連携が必要でしょう。

こうして育った人材が、卒業後も横のつながりを持ち続けることができるような場も必要です。完成機事業には、メーカー、エアライン、商社、行政、銀行などさまざまな分野のプレーヤー が関わってきますが、完成機事業の無かった日本では、これまであまり連携が取れていないのが現状です。大学というのは、さまざまな人が集まり、交流する場の触媒であり、イノベーションの鍵になると考えています。現在研究会を定期的に開くなどして9年ほどになりますが、初めて他の分野の人と交流できたという声を聞きます。こういった場を継続的に提供していく必要があると思います。

100年かかる大事業

――完成機事業を応援するにあたって、私たち個人にできることは何かありますか?

渋武 日本は陸海空の交通がとても発達し、自動車や新幹線、船舶など世界トップクラスですが、航空機は持っていませんでした。大事なことは、航空機開発は技術面でも経済面でも、また国際政治の中でも様々なメリットを生み出していくものだということでしょうか。駅伝の過程では、例えば前の投資を回収する前に次の機体を開発するための投資が必要になることもあります。そのようなときに、短期的な損得だけではなく、50年後、100年後の航空に限らない日本の産業、また私たちの生活にどのような影響をあたえるかを話しながら完成機事業を捉えてもらえたらと思います。


(取材・文:堀部直人)

この記事は、政策ビジョン研究センター年報2017に掲載されたものです。