政策提言
米国大学が行うハイリスクパートナリング管理の実態と日本の大学への示唆(暫定版)1

産学および社会連携システム研究ユニット
代表 渡部俊也

2019/2/27

1. はじめに

本稿は、米国ハーバード大学が実施しているハイリスクパートナリング(High Risk Partnering)のマネジメントについての調査結果を参考に、最近の技術に関する安全保障をめぐる国際情勢の変化が、大学の産学連携にどのような影響を及ぼすのか、また大学はこれに対してどのような施策を取るべきなのかについて検討したものである。

本稿の検討のベースとなっている大学のリスクマネジメントについての考え方としては、2015年1月28日に実施した国際シンポジウム「グローバル競争の中での自立した大学のあり方:社会との連携とガバナンス・コンプライアンス」2 において議論された Research Integrity に基づく大学のマネジメントである3 。このシンポジウムにおいては、企業との連携で生じる利益相反や安全保障輸出管理などのリスクマネジメントの問題への対処として、Research Integrity に基づく考え方が議論された。本稿で扱う安全保障管理にかかわる問題への対処も、同様の考え方に基づく。

またもう一つ本論のベースとなっている、より実務的なレポートとしては、2015年3月に発表した「大学と社会政策提言:知的財産制度と産学連携に関する論点」(東京大学政策ビジョン研究センター 大学と社会に関する研究ユニット)4 がある。こちらはさらに具体的に外国企業との連携や技術移転の際に生じる論点について整理を行い、実務的な提言を行ったものである。

すでにこの提言を発表したのち、4年近くが経過した。その過程で、後述する2018年のNDAA法などに象徴されるような、米国の安全保障政策の変化がおきたことで、追加の検討が必要になっている。しかし現時点でこの政策提言そのものについて変更をおこなうべき事由が発生したとは考えてはいない。むしろ現下の新たな情勢をうけて、2015年の提言をベースに、これらの情勢に対応するために追加的にリスクマネジメントが必要になってきているとする立場にたっている。そのため本稿は、2015年の国際シンポジウム及び同年に行われた提言を発展させ、新たな情勢に対応するための追加的なマネジメントを提言するものである。

2. 米国大学のハイリスクパートナリング管理と、2018年以降の安全保障管理強化への対応

2.1 ハーバード大学のハイリスクパートナリング管理

米国の安全保障政策における技術情報の取り扱いについての大きな転換点は、2018年に成立したNDAA (National Defense Authorization Act)5 である。8月13日に成立した同法では、国防上問題視する5つの企業グループと米国政府の取引制限を盛り込んだものである。この規制の決定以降、米国大学は、制裁リストに記載されている企業とのあらゆる契約が存在すると、米国の政府研究費が得られなくなることから、寄付研究を含むあらゆる契約を行うことが事実上できなくなった。その後、米国政府の制裁対象は、半導体分野をはじめとして、NDAAに明示された対象企業以外にも範囲を拡大しており6 、また同時に大学の研究室における研究者や大学院生によるスパイ活動も問題視していることは注目すべきである7 8

このような米国の安全保障面での技術管理の強化は、様々な影響を大学におよぼしている。ここでは主にハーバード大学における当該分野におけるリスクマネジメントの状況とNDAAへの対応を事例として、その考え方や対応について述べる9 。2018年8月のNDAA法成立以降、制裁リストに掲載されている企業とは、何等か関係を有することで政府の研究資金の獲得ができなくなることになったため、同リストに記載のある企業との一切の契約に対して解除通告を行っている。この対応そのものは明示的に政府が示した規制に対する対応であるが、NDAA以前からハーバード大学では、FBIや政府関係機関の情報などから、8月にNDAAの制裁リストに記載された企業に対して、連携することによるリスクが高いとして(この際のリスクの評価については後述する)、これらの企業との関係をリスクマネジメント対象として管理を行ってきた。

法令で明示的に禁止されていないにもかかわらず、ハーバード大がこのような管理を行う理由としては、①非公知である大学の保有する重要技術情報または知財の流出リスクへの対応と、②そのようなリスクがあるとみられている企業との連携を行うことに対するレプテーションリスクの2点であると説明されている。前者に関しては、非公知情報を問題にしているのであるから、研究成果が公開されパブリックドメインを経由して技術情報が伝達されることについて規制をすることはない。したがってこれらリスクが高いと考えられる企業からの寄付や Sponsored Research をうけたとしても、公開された研究成果について結果の報告を行うことは問題がないが、その過程で非公知の技術情報やノウハウなどが伝達されることは認めていなかった。同様先方企業のメンバーが研究室を訪問する際、またはハーバードの研究者が先方の施設等を訪問してクローズドの講演などを行う際にも、非公知情報の提供がなされることは認めていない。

このような考え方に基づき、ハーバード大学を含む米国有力大学でのハイリスクパートナリングへの対応は、ハーバード大学へのヒアリングの結果、おおむね下記のような対応が行われてきたことがわかっている。

  • 当該企業との連携についてはコンプライアンス機関の評価を受け許可を求めるとともに、コプライアンス機関は、その後も連携を実施する上でのアドバイスを行っている(職務規則上、該当する事案があれば自己申告や相談を行うことが義務付けられている。その情報をもとに、コンプライアンス機関は当事者にヒアリングするなどを行ってアセスメントを行い、必要なアドバイスを行う)
  • 当該企業からの研究に対する純粋な寄付(何ら制約を課さない、知的財産権の保持、未公開の研究情報の提供を行わない)は実施可能としている
  • 上記の知的財産権の保持、未公開の研究情報の提供を行わないなどの条件を満たす当該企業との Sponsored Research は実施されている。または、契約上同種の条件が満たされる場合は Contract Research も認められる可能性がある
  • 非独占的条件での技術移転や知財ライセンスは実施することがある
  • 当該企業との連携における情報機器装置の提供については学内のネットワーク等との接続を規制している(情報機器の接続を求めないのも、非公知情報の取得が可能である可能性を排除する意図によるもの)
  • 当該企業を含む訪問者に対しては、知財保護などを規定した定型の訪問者契約にサインさせることを求める(Visitor’s participation agreement による)
  • 当該企業に限らず、大学発ベンチャーや起業家への支援資金を大学が受け取って実施することはない(投資規制を意識したものという側面もあるが、大学発ベンチャーが大学法人とは別個の法人であるから関与しないという側面が強いが、一方大学スタートアップが、大学の技術のライセンスを求めている場合はそのスタートアップに対する投資がどこから行われているかについて、例えば、中国の産業投資ファンドである場合などについては慎重に調査を行っている)

などである。加えて、

  • またいわゆる孔子学院(中国が海外の大学などの教育機関と提携し、中国語や中国文化の教育及び宣伝、中華人民共和国との友好を目的に設立した機関)の受け入れは行わない(いわゆる孔子学院についての対応に関しては、技術情報の流出を懸念したものというよりは、学問の自由に対する規制を含むことが問題にされたもので、①には該当しないが、②に関係するとみてよい。経緯としては 2014年6 月に、American Association of University Professors が「孔子学院は中国国家の手足として機能しており、『学問の自由』が無視されている」と批判し関係を絶つよう各大学に勧告したことを契機としている)10

ハーバード大学では、これら特定の企業との交流や連携をハイリスクパートナリング(High Risk Partnering)とみなしてマネジメント対象としている。

これらの企業との連携に制約を課する際、交流を制約される研究者に対する説明としては、FBI などの提供情報を示して説明が行われている。基本的には客観的な情報をもとに、リスクの存在を説明し、そのリスクに対しての合理的対処としてモニタリングや忌避などの管理を説明するとしている。

2.2 2018年NDAA法案成立後の対応

このような対応状況に加え2018年のNDAA法成立の影響により、上記の事情に加え新たな対策がなされている。まだ細部の政策が確定する以前のNDAA成立当初から、その動向や今後の見通しなどについてハーバードのコンプライアンス部門は調査分析を行っており、逐次大学幹部に報告を行ってきた。

この後のアクションの第一としては、NDAA制裁企業に対しては、寄付研究を含むすべての関係は、これらの企業との Procurement とみなされることから、その猶予期間内での契約解除通知を行っている。この点リスクを低減させるという従来のマネジメントから、リスクを事実上ゼロとするゼロトレランスの規制対応へ移行することになったといえる。ただし引き続き制裁リストにない外国企業との間の連携についても、自主的に評価を行いリスクのアセスメントを行うという仕組みは継続され、NDAA以降はこのような管理をさらに充実させ強化している。具体的にはNDAA制裁リスト以外の外国企業についてもリスクが高いと思われる企業との連携に関しては新たに Guidelines for Sensitive Negotiations を策定して対応を行うことを検討しており、これがNDAA後の新たなアクションの 2 番目となる。ここで記載する Guidelines for Sensitive Negotiations についてはハーバード大学から一般に公表された資料はないが、Ara Tahmassian, Ph.D.(Chief Research Compliance Officer, Harvard University)へ 2018年に行った複数回のインタビューによって得られた概要を以下に解説する。

ここでリスクとみなされているのは、従来と同じく重要非公知技術情報(知財)の流出とレプテーションリスクの2つである。以降この Guidelines for Sensitive Negotiations の考え方について、概要を述べる。

まずここでいうハイリスクパートナーシップとして扱われるケースは

  • 研究者からの申告などに対する大学によるアセスメントの結果
  • 研究機関スポンサー、ドナー、大学の知的財産権への資金提供者からの指摘
  • 国家安全保障上の懸念から第三者(国家安全保障機関や外部資金提供者など)による行政または規制上の決定

などにより指定する

最近の事案としては、トルコのサウジアラビア総領事館で殺害されたと報じられるジャマル・カショギ記者の事件に関与したとされるサウジアラビアに関しても、サウジアラビアの投資資金がはいったプロジェクトがアセスメントの対象となった。このように、ハイリスクの認定のきっかけは政府機関だけでなく、研究機関スポンサー、ドナー、大学の知的財産権への資金提供者からの指摘もあるとされており、サウジアラビアのケースは後者であったものと思われる。

図1 ハイリスクパートナーシップマネジメントのプロセス(Ara Tahmassian, Ph.D.による)

Guidelines for Sensitive Negotiations は、NDAA制裁企業以外に、中国の千人計画への参加研究者に関するリスク管理を意識した部分(受け入れ組織リスト)なども掲載されている。千人計画の研究人材は、企業に加えて清華大学、北京大学など中国の有力大学も多く受け入れていることから、リストにはこれらの大学も含まれている。米国大学においてもオープンな学術交流を行う立場から、中国の大学との関係を、ゼロトレランスで規制することは現実的ではなく、アセスメントとモニタリングによる管理によってリスク低減を図ることがより現実的であるとして、ケースバイケースのマネジメントを行う方針が示されている。

このように米国有力大学では、法令遵守に加えて、その周辺にあるグレーゾーンの領域のパートナリングについてはNDAA規制以前から行っており、「我々はそのリスクを理解していて適切に管理して対処している」とする姿勢のもと、リスクを低減させるためのハイリスクパートナリングの管理を行ってきており、NDAA以降もそのマネジメントが強化され継続している。2019年1月の時点で米国の10を超える大学が Guidelines for Sensitive Negotiations に基づく管理を行っている。

このマネジメントの手法は産学連携の利益相反管理と類似しており、リスクをゼロにしようとすれば産学連携そのものを禁止することにつながるが、社会との関係を発展させるために、産学連携自身は推進し、そこに発生するリスクを管理し最小限にまで低減させようとする姿勢とみることができる。そのようなマネジメントが行われる背景としては、前述した Research Integrity Management (大学や研究機関が維持しなければならない社会から見て欠陥のない状態)の管理による維持発展という考え方がある。

ハイリスクパートナリングの管理についても、外国組織との関係を断てばリスクはゼロになる が、国際的な大学のありようを発展させるため、外国組織との関係を維持、発展させつつ、そこに発生するリスクを最小限に低減させる自主的なマネジメントが行われていると理解すべきであろう。

3. 日本の大学における海外組織との産学連携の状況と輸出管理の状況と今後の施策

3.1 最近の国際情勢が日本の大学の研究に与える影響

ここまで述べた米国の安全保障政策における技術情報や投資規制などが、大学法人または研究者、さらには大学発ベンチャー等にどのような影響を及ぼすのかについて検討した。

その第一として、米国輸出管理規則(Export Administration Regulations: EAR)による再輸出規制に違反するとして制裁を受ける可能性があることに注意するべきである。米国商務省産業安全保障局は、日本の外為法等の管理と同様、デュアルユース品目の製品の輸出の管理・規制として、米国輸出管理規則(Export Administration Regulations: EAR)が定められているが、この米国の輸出管理関連法規は、管轄権の及ばない他国での取引にも域外適用される。この再輸出に関する EAR 規制対象品目(Items subject to EAR)としては、米国国外にあるすべての米国原産品目、米国原産品目を組み込んだ非米国産の品目が対象とされており具体的には輸出規制リスト(Commerce Control List: CCL)に該当する米国原産品が組み込まれた(incorporated)外国製品、CCLに該当する米国原産のソフトウェアが組み込まれた(bundled)外国製品、CCLに該当する米国原産のソフトウェアが組み込まれた(commingled)外国製のソフトウェア、CCLに該当する米国原産の技術が組み込まれた(commingled)外国製技術の4つが対象となる。

日本の大学等が特に注意しなければならないのはこの4番目の米国原産技術が組み込まれたに相当するケースである。これは例えば米国企業や米国の大学等の研究機関のプロジェクト等に参加するなどが行われた場合、輸出規制リストにある米国の技術を受領したとみなされるケースにおいて発生しうる問題である。米国の企業等との連携を行ったり、米国のプロジェクトに参加している一方、同じ技術分野で中国等の機関との研究に従事する場合は特に注意が必要であ る。これは、10月に米国政府が中国の福建省晋華集成電路(JHICC)への半導体輸出を禁止し、同社の事業に協力しようとしていた台湾の UMCにも制裁を加えたことからみても、米国政府が米国原産重要技術を対象とする技術協力を、日本を含むどこの国籍の組織や人であっても、中国の機関に対して行うことに対して問題視していることがわかる。

これらは米国の域外規制に関係した懸念事項であるが、同時に米国は日本政府に対しても、米国同様の規制を求めてきていることが想定される。米国政府からの公式の発表はないものの、米国の報道(米紙ウォールストリート・ジャーナル)、11月23日、米国が同盟国に対し、中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)の製品を使用しないよう求めていると報じている。イランへの制裁のケースでも同様の要請は行われており、これらの要請に対しては日本政府としても何等か対応がなされる可能性がある。日本政府はこののち、「IT調達に係る国の物品等又は役務の調達方針及び調達手続に関する申合せ(平成30年12月10日)」を発出しており、対応した規制を行ったとみてよい。日本政府として今後どこまで規制を行うかが重要であり、法令による規制が行われるのであれば、コンプライアンス上それに従う必要がある。

論理的には、現行外為法のリスト規制の対象を米国NDAA法が指摘する Emerging Technology まで拡大されることや、キャッチオール規制の懸念機関に例えば千人計画の人材受け入れ機関を加えるなどが想定されるが、前者は機械学習など広範な技術領域を含み、また後者の千人計画の人材受け入れ機関として多くの大学なども含まれることから、一挙に規制範囲が拡大し、事実上学術面であっても大学間の交流や研究協力は困難になる。その点米国大学で実施しているケースバイケースのマネジメントが実効的に機能すれば、一律規制するよりも現実的な対応施策であるということも言える。

さらに米国大学が、NDAAによる規制強化に対応する場合、日本の大学と米国大学との研究協力や情報共有などにも影響を及ぼしえる。米国大学並みのリスク管理が行われていない大学とは、従前のような米国大学や研究機関との非公知研究情報の共有がむつかしくなり、連携に支障が生じる可能性がある。

3.2 日本の大学の外国におけるデュアルユース技術開発に対する姿勢

日本の大学は、従来安全保障輸出管理に関する法令遵守に加えて、法令で規制されていない場合でも、いわゆる軍事研究とは距離を置く姿勢をとってきた。 日本学術会議は2017年3月24日に「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表しており、過去に表明した「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を引き継ぐことを表明し、また 2015年に創設された防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」は政府による研究への介入が著しく問題が多いとしている11 。すなわちその研究で開発される技術内容の如何によらず、研究費を提供する組織の意図や介入の可能性を問題視したものであることには留意すべきであろう。

日本学術会議からは、海外の軍事研究機関との研究交流に対して何等かコメントが表明されたことはないが、上記2017年3月の声明に示された姿勢を鑑みれば、海外の機関の軍事に利用する意図をもった研究には、当然かかわるべきでないことになる。

一方学術界としては、研究成果が公開されて、パブリックドメインを介して結果的に様々な譲渡に利用されることを問題にしていない。米国大学でも同様、研究成果を論文等で公開する自由が確保されていることが学術研究においては最も重要であるとみなされている。この点、2011年11月に起きた医科研の河岡教授の研究成果の公表の是非について一連の議論は重要である。強毒性の鳥インフルエンザウイルス「H5N1」に関する国際チームの研究論文について、米科学誌サイエンスが掲載を見合わせたというものであり、米バイオセーフティー委員会がテロリストによる悪用を理由に論文中の実験データを公表しないよう両誌に勧告したことによるものである。これに対して2012年1月20日、河岡教授ら39人の研究者が60日間の研究自主停止を宣言すると発表する一方、「パンデミック防止のため鳥インフルエンザ・ウイルス感染に関する研究は継続されなければならない」とする意見が表明され、その後WHOにおける専門家会議などを経て、公開のメリットが大きいとして全文公開が勧告されている12 。公開がワクチンの開発に有益であるとする考え方による判断であった。

一方大学で研究開発された成果が論文等で公開されたとしても、その研究を実施する上でノウハウが存在しているなどの場合、さらに論文で公開されていないデータなどの非公知情報を含む場合であって、その技術がデュアルユース技術とみなされる場合は、情報管理において重要な責任が生じることになる。このようなケースでは大学における営業秘密管理が必要であり、その情報の提供相手には慎重な対応が必要である。先述した国際情勢からして、リスト規制やキャッチオール規制の対象にはなっていない場合であっても、リスクの有無を評価するなどのマネジメントが必要になる場合があることを認識する必要があるものと思われる。

3.3 日本の大学への示唆

エネルギー、地球環境問題など、人類社会が抱える現下の様々な問題は、国内外の様々な機関と連携することによってはじめて研究が可能になり問題解決のアプローチを見いだせる可能性が生じる。その点大学等の研究機関が国内外の機関と連携して活動することは極めて重要であり、その自由が制約されることは、学術研究においての危機的状況であると考えるべきである。例えば SDGs の実現のための研究に際しては、新興国、発展途上国を含む様々な機関との協力が欠かせない。このような連携を最大限生かして人類社会のための学術研究を推進するために、これらの国々の企業との連携も一律に制約されることは望ましくない。

一方本稿で述べたようなデュアルユースの技術開発につながる研究を、研究成果の軍事転用を意図する企業等と連携することや、非公知の重要技術情報を軍事転用の可能性のある形で流出するような事態は避けなければならない。さらに米国の最近の動向などから見ても、研究者にリスクが及ぶ可能性も否定できない状況から、必ずしも日本の法令で規制されている用途や相手先でなくても、国内外の情報に照らして、連携する際のリスクを評価して管理することも必要である。つまりは、安全保障輸出管理に関する法令遵守を確実に履行することに加え、連携相手によって は、研究者のリスク、そして大学法人にとってのリスクの双方の観点からみて、何等かリスクが懸念される場合は、そのリスクの低減を図るか、忌避を選択するという管理が必要と考えられる。

具体的リスクとしては、米国から非ホワイト国の技術窃盗に協力したとして、または米国安全保障輸出管理上の再輸出規制によって制裁を受ける可能性が生じているほか、レプテーションリスクの問題もある。このような背景から、日本の大学法人においても、米国大学で実施している、法令遵守のみの輸出管理に加えて、ハイリスクパートナリングの管理を行うことは有効であると考えられる。

これはまさしく米国有力大学で、法令遵守に加えて、その周辺にあるグレーゾーンの領域のパートナリングについて、「我々はそのリスクを理解していて適切に管理して対処している」とする姿勢を日本の大学も示すことを意味する。これは法令で明確に強制されなくてもみずからの Research Integrity を維持発展しようとする自立した大学の在り方の一つであるというべきである。

一方日本の安全保障輸出管理制度が、このような幅広のリスク管理の必要性を想定していないということではない。対象国・地域が輸出貿易管理令に示されるホワイト国と指定される欧米を中心とする国に対しては、キャッチオール規制は対象外となっているが、非ホワイト国については、特に懸念される企業・組織等として外国ユーザーリストに含まれていない場合でも、需要者と用途を確認した結果、軍用に用いられるおそれがある場合は管理対象となることは留意すべきである。また平成29年に発表された「安全保障貿易に係る機微技術管理ガイダンス(大学・研究機関用)第三版」においては、必須項目に加えて、法令で直接義務づけられておらず、取り組まなかった場合に法令違反に問われるわけではないが、違反の未然防止のために有益であると考えられる取組を「推奨」項目として記載しており、より幅広な管理が期待されていることにも注意をする必要がある。

これらの日本法令の運用の考え方においても、法令で明確に強制されなくても「みずからの Integrity を維持発展しようとする自立した大学の在り方」としてのハイリスクパートナリングにおけるリスクマネジメントが検討されるべきであろう。


  1. 本提言は変化の激しい国際情勢に対応したものであり、今後の状況の変化により加筆等を行う可能性があるため暫定版としている。
  2. 渡部俊也「国際シンポジウム開催報告」
  3. Integrity は一般的には公正と訳されることが多いが、本稿で扱う大学のリスクマネジメントに対する姿勢を表す文脈でははるかに幅広い概念を有していて、たとえば misconduct を防止して Integrity を維持するというような使われ方がなされる。Integrity の語源は「完全な」を意味するラテン語の Integer であり、ここでの Research Integrity は「大学や研究機関が維持しなければならない社会から見て欠陥のない状態」を指す。「研究者と社会との契約である」 “Research Integrity is a contract between researchers and the society.” であり、そこでなすべきことはすべて社会との契約の一側面であり、「そしてそれは強制することはできず、関係者が自ら実践すべきことである。」 “It cannot be enforced, it must be practiced by all involved.” という表現に見られるように、他者から強制されるものではなく、リスクを理解し自らの問題としてそれに自主的に対処する姿勢につながる。
  4. 渡部俊也「大学と社会政策提言 知的財産制度と産学連携に関する論点」
  5. https://www.congress.gov/bill/115th-congress/house-bill/5515/text
  6. Department of Commerce logo U.S. Department of Commerce のプレスリリース参照
  7. https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2018/06/FINAL-China-Technology-Report-6.18.18-PDF.pdf
  8. 最近の米国の安全保障に関する規制強化については筆者による整理「最近の米国等の安全保障政策における技術情報の取り扱い(非公開原稿)」にまとめている(大学機関への個別配布可)
  9. 本稿に記載されたハーバード大学の事例については、Ara Tahmassian, Ph.D.(Chief Research Compliance Officer, Harvard University)へ2018年に行った複数回のインタビューおよびメールによる情報提供に基づいたものである。
  10. https://www.aaup.org/article/confucius-institutes-threaten-academic-freedom#.XGDGkVwzZdh
  11. http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-s243.pdf
  12. https://www.natureasia.com/ja-jp/nmicrobiol/interview/6

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