複合リスクのガバナンスに向けて(3)

  • 谷口武俊

ナショナルリスクを評価する

ナショナルリスクを俯瞰し、重要なリスク群を同定したら、それらのリスクを利用可能なデータや情報に基づいて、多面的にプロファイリングすることが次のステップである。現在、米国や英国を始めOECD加盟国を中心に15ヶ国で、オールハザードを対象としたナショナルリスクアセスメントが政府機関で実施されている。

例えば、米国では、大統領政策指令-8の下、戦略的国家リスクアセスメント(SNRA)が国土安全保障省長官の主導で実施されている。これは、テロリズム、サイバー攻撃、パンデミック、破滅的な自然災害を含む国家のセキュリティに重大なリスクを及ぼす脅威へ対処するための中核的能力および能力目標の開発に根拠を与える高リスクファクターを同定する、レジリエンス(防止・保護・緩和・対応・回復)における要求事項にわたる戦略的なニーズについての恊働的思考の醸成を支援する、政府の全てのレベルが国家にとっての脅威・ハザードそしてその結果であるリスクについて共通の理解と認識をもつため能力を促進するために用いられている。

各国の取組みでオールハザード・アプローチが採用されているのは、災害の種類や規模に関わらず、国民の生命・健康、財産そして環境への損害を最小限に抑えることを優先し、それを政府機関全体が一つの組織として効果的、効率的に行動するという考え方を基盤としているためである。日本の政府機関での具体的な取組みは未だないが、国土強靭化計画もシングルハザードでしかなく、またリスクアセスメントはなされていない。このようなことから、当研究ユニットは、アセスメントのガイドライン作成を当面の課題とし、地方公共団体との連携しリージョナルリスクアセスメントを試行したいと考えている。

社会的に重要な機能のレジリエンスを高める

リスクへの対応にあたっては、それが予防可能なリスクか、戦略的なリスクか、それとも外的なリスクかを見極め、対処方策を検討しなければならない。なかでも、自らのコントロールが及ばない、直接的な被害をもたらす自然災害や大規模なマクロ経済変動、長期的な影響を及ぼす地政学的な変化や環境変化など、の外因的リスクには、先の二つのリスクとは異なるアプローチが必要となる。これらの事象は一般に、発生する確率は極めて低いが、ひとたび起きるとその影響は極めて大きい、そしていつ起きるかが予測できないという特徴をもつ。これらのリスクへの対応では、レジリエンスを高めることが重要な戦略となる。“大規模災害等の非常事態に直面した際、限られたリソース(ヒト、モノ、情報、時間、空間)をもとに、政府・地方自治体・民間企業・NPO・市民社会が、その協働メカニズムによる事前準備・応急措置を進め、社会システムを支える重要インフラシステムの「被害の最小化」と「早期の機能回復」の実現を図ること”をレジリエント・ガバナンスと定義し、当研究ユニットとCOCN(産業競争力懇談会)は共同で検討を進め、抵抗力・回復力ある「社会システム」のデザイン、政府・地域・企業の危機管理体制の強化、インセンティブ政策などについて提言し、内閣官房及び関係省庁との意見交換を行った。

加えて、現在、当研究ユニットは工学系研究科付属レジリエンス工学研究センター及びシステム創成学専攻と恊働し、市民生活・社会活動に不可欠な重要インフラに自然災害、人為的脅威、事故といった脅威が加わったときの複雑な挙動について、如如なる部分が脆弱なのか、如何なるリスクが生じる可能性があるかを様々なシナリオの下でシミュレーション分析し、相互依存性の考慮や多角的視点からの包括的レジリエンス評価の必要性に関する科学的根拠を明らかにする。こうして得られた根拠情報に基いて、わが国の市民生活・社会活動に係る危機管理政策やリスク・ガバナンス戦略への選択肢を創出し、この社会的課題の解決に寄与することを目標として研究プロジェクトを進めている。