EPA=時事

第5回 レジリエンス政策研究会 開催概要

  • 議題:「Building a Global Commons: Resilience in Managing Extreme Events」
  • 日時:2014年9月1日 9:30 – 12:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 工学部3号館321教室
  • 講師:Dr. Louise K. Comfort(Professor of Public and International Affairs and Director, Center for Disaster Management, University of Pittsburgh)

Building a Global Commons: Resilience in Managing Extreme Events

comfort講師による主要な問題提起

  • 激甚災害のマネジメントという挑戦
    • 地震、津波、ハリケーン、竜巻といったハザードは物理的、技術的、社会的、経済的システムと相互作用することにより非常に複雑なイベントとなるため、統合された学際的なアプローチが必要となる。なかでも、サンディア国立研究所で公共政策や経済学や自然科学の技術者らが共同で
      開発したComplex Adaptive Systems of Systems (CASoS)というアプローチは、学際的なフィードバックループの概念を中心に、新しい問題を解決するための標準となる技術的アプローチに類したものとなっている。基本的なステップとしては、第一に、目の前の問題とは何かを定義し、その境界線を見定めること。第二に、関係する全てのディシプリンを合体させ、その文脈において特定の解決策(橋であろうと、建物であろうと、人々の避難プロセスであろうと)をデザインすること。第三に、実際に現場で動くかどうか、フィールドでテストすることである。
    • このアプローチの前提には、我々は災害をレジリエントにマネージできるという考えがある。リスクはもはや恐れるべきものではなくなり、システマチックな方法でアプローチできるものとなる。全ての答えを見つけることはできないが、少なくともより良く理解し、より情報に基づいた行動をとり、災害を変化させ、これに適用することもできるようになる。ただしこれは、一人の人物、一つのエージェンシーが単独で判断すべきものではなく、自己組織的な集合行為として行われる。困難な課題ではあるが、最大の鍵はコミュニティをこのプロセスに関与させることである。
  • 集合的学習・行動のためのグローバルコモンズ
    •  激甚災害を前向きな力に変えるために必要なのは、集合的学習と行動のためのグローバルコモンズの構築である。なぜグローバルでなくてはならないか? 東日本大震災は、地震性のリスクに晒されている米国、オーストラリア、中国、インド、インドネシア等全ての国の関心を集めている。一方で、こうしたイベントはそれほど頻繁に起きるわけではなく、またそうしたことが起きない国もあるため、こうしたイベントを一つの実験室として、真摯にその相互作用を観察し、ここに世界中の技術者、政策科学者、エコノミストを関与させ、応答的なリーダーシップやリスクをグローバルにマネージする能力を育成することが重要である。複雑なグローバルアリーナにおいて組織が機能する能力を拡大するという挑戦は、私にとって最も興味深い部分である。例えば、日本と中国と韓国が共に、激甚災害の影響を抑制するための活動を行うならば、政治的、国際的、経済的にも巨大なステップとなるだろう。
    • 激甚災害の一つの特徴は、常に情報の非対称性が生じることである。中央政府は一つの情報の塊を持ち、県も別の情報の塊を持ち、市町村も別の情報の塊を持っている。一方、ディシプリンについていえば、エンジニアは建造物について、地球物理学者は地震の断層について、気象学者や海洋技術者は津波について知っている。しかしこうした巨大な災害を語る上で不可欠な知識は、コレクティブコモンズを形成することに他ならない。集合的能力を形成するために、リスクについての理解の共有と、そのリスクを低減させるためのゴールの共有が求められる。
    • 公共政策の観点からいえば、政府が行うのは計画を策定することである。日本は地震災害について細心の厳密さを誇る計画を立てているが、津波災害について同様の詳細な計画を持ってはいなかった。過去のイベントにおける既知の情報のみ参照すると、累積的な相互依存プロセスによるイベントを予測できず、その結果、社会は東日本大震災のような例外的なイベントに直面した時、相互依存状況を予測できない。計画プロセスはしばしば過去のイベントに基づくため、未来がどうなるかを予測するには困難が生じる。真の課題は、いかに過去の教訓を経験したことのない未来の出来事の予測につなげるかである。
  • インドネシア、ハイチ、日本の事例
    • 2004年12月に起きたスマトラ沖地震は、最大マグニチュード9.3、東日本大震災とほぼ同じ規模であり、甚大な津波被害も発生した。我々の調査チームは、新聞記事のデータを用いて、どのような種類の組織が災害応答・救援活動に関与したかを分析した。判明した約350組織を、公的機関、民間企業、NPO、特別利益団体(いわゆる政党)に分類し、さらに、管轄レベルとして、国際、ナショナル、州、サブディストリクト、ローカルに区分した。すると、350組織のうち43%にあたる約150組織が国際組織であることが判明した。さらにこれらの組織をネットワーク分析を用いて、カギとなる組織、中心的な組織を区別した(図1)。すると、インドネシア赤十字がインドネシア政府より強い影響力を持ち、インドネシア軍もまた主要なアクターであることが分かった。しかし驚いたことに、社会問題省などいくつかの省庁は、他の組織や省庁と交流を持っていなかった。さらに、迅速かつ直接に海外組織と連携をとる必要のある外務省は、副大統領や大統領府とのみコンタクトをとっていた。しかし、最大の驚きは、中央政府の間、政府各層の間の(事前の)統合がなかったことである。インドネシア政府はナショナル版の防災計画を作成してはいたものの、この国家計画の中心的組織はインドネシア軍であったため、その後の内戦の影響で計画は形骸化してしまったのである

    図1

    図 1

    • 2010年1月に発生したハイチ地震は、西半球で最も貧しい国を襲った。ハイチ経済はほぼ全面的に海外援助に依存している。地震のマグニチュードは7.0とそれほど大きくはなかったが、甚大な被害を与えた。そもそもハイチには建築基準はないに等しく、優に都市部の80%の建築物が倒壊した。このように政府は脆弱で経済活動も非常に小さく、災害対策のためのいかなる集合的能力にも欠けていた。ハイチの震災対応・救援活動に携わった組織の優に75%が国際組織であった。図2では、国際組織を示す赤色が目立つ。地域組織である青色は、カリブ海諸国、すなわちキューバ、バミューダ諸島、ジャマイカ、その他の小さな島嶼国による支援を示している。一方、ハイチ政府自身の自国の地震への対応力は極めて欠如していた。また、民間企業間での相互作用が見て取れるが、それぞれが個別に関係しているだけで、政府との関係はなく、国際組織もNPOも個別に連携しているだけだった。

    図2

    図 2

    • 2011年3月11日の東日本大震災はマグニチュード9.0で、広範囲に巨大な津波をもたすとともに、福島第一原発での事故を引き起こした。日本は世界で最も地震研究の進んだ国で防災に多額の投資をしてきたが、津波リスクに対する計画は比較的限られていた。今回は、異なるレベルの計画が作られていた異なる3つの災害が同時に生じたため、異なる情報レベルによる情報の非対称が生じた。特に原発のリスクは高度に専門化され僅かな人々にしか共有されていなかった。この情報の非対称性こそが文字通りカスケード的被害を引き起こし、想像を超えた「ブラックスワン」(予想しない非常に稀なケースが発生し、壊滅的な状況が引き起こされること)の状態を招いた。日本は世界有数の経済大国であるため、震災による経済的影響も甚大で、16~25兆円にも上ると推計された。これはインドネシアの被害の10倍にものぼる。加えて、原発事故等によりおよそ7万8千人が避難を余儀なくされた。東日本大震災の原発事故対応のネットワークを見てみると(図3)、興味深いのは、図の右上部分のアクター(全て国レベル、多くは政党)が相互に強く関係していることである。この集合の中で全て相互に関連しているが、県レベルの組織(黄色)や、住民の支援を行ったNPO(丸印)、民間企業(四角)とのつながりもないのは驚きである。

    図3

    図 3

  • 3つの災害の比較と教訓
    • 3つの事例では一定程度の計画があったが、いずれもそれぞれの理由により大きく失敗した。3つの災害の政策対応と計画を比較してみると、いくつかの共通点と大きな相違点が判明する。いずれも県や国レベルの対応は比較的遅く、インフォーマル組織やローカルな近隣組織のいくつかが鍵となる活動を行っていた。基礎自治体、県、国、国際機関の各スケールの活動の間の連携も不足していた。
    • 我々が負った課題とは、グローバルコモンズを再構築するために、こうしたディシプリン間、管轄間、セクター間の情報の非対称性を最小化することである。では、誰がこれを担うのか? それは、これらを理解する者の責務である。CASoSは一つのモデルであるが、社会技術的システムに裏打ちされた「実践の網」こそが、CASoSにおけるレジリエンスを意味する。コミュニティのレジリエンスを構築するためには、潜在的リスクを探知し、探知のネットワークを通じてデータを伝達し、コミュニティに対するこうした潜在的リスクの影響を分析する方法論や道具を発展させることが必要である。重要なのは、もしこうした技術や道具を使えるようになり、リスクを可視化できれば、人々は複雑な脅威をより容易に理解できるようになるということである。

 

質疑応答における主要な論点

  • 米国の危機管理の人財育成と訓練について。FEMA(Federal Emergency Management Agency, 米国連邦危機管理庁)の実務家向け訓練システムは、FEMAによるオールハザードの対応の計画プロセスの一部であり、地域や州による訓練プロセスに対する推薦的プログラムのようなものである。したがって、カリフォルニア州は地震、メキシコ湾岸の州はハリケーン、オクラホマやノースダコタ州は竜巻、ペンシルベニア州等の東部は洪水、というように重点も様々である。FEMAはガイドラインや計画をセットし、各州がそれぞれ危機管理エージェンシーのもとで州の危機管理計画を作る。各州は、一定の独自の訓練基準を策定し、FEMAは国レベルでの基準を示すが、それを州の危機管理部長が実施し、さらにサブディストリクトレベルでも繰り返される。そのため、国レベルの訓練が同じように地域で行われる訳ではない。州は危機管理計画を持っているが、それをどう発展させるかは州に任せられている。すると、ある州は非常に積極的になる。カリフォルニア州は、地震に加え山火事といったリスクに対して非常に認識が高く、トレーニングと教育に力を入れ、訓練も定期的に行っている。なお、計画策定の責任を持つ自治体から州へ、州から連邦へ、といった報告システムは義務であるが、問題は、多くの場合これが年1回しか行われないことである。また、誰がこれを担当するかに大きく依存する。もし情熱的でやる気のある消防士であったら、全ての状況、リソース、人員、迫りくる脅威を見渡し、人材を動員し、トップクオリティのリーダーシップを発揮して、必要なら計画を改定すべきだと言うことができるだろう。
  • 確かにアメリカはオールハザードに移行したが、そこに至るまでには、大災害の痛ましいプロセスと教訓を繰り返してきた。1994年のNorthridge地震(ロサンゼルス地震)は大都市部で起きた地震で、67名が亡くなった。問題となったのは10の高速道路の橋が崩壊したことで、町の経済活動はほぼすべて高速道路による輸送に頼っていたため、経済活動が全く停止してしまったことである。この崩壊がもたらした経済的損失は巨額であった。また、ハリケーン・カトリーナの被害はアメリカでも最大の失敗の一つだが、余り知られていないことの一つに、ニューオーリンズがアメリカ東南部の医療の中心地であったことがある。同市には18の研究病院と地域病院があったが、そのうち17か所が被害を受けて閉鎖され、市内だけでなくその地域全体の高度医療活動が停止してしまった。こうした痛ましい経験を経て、FEMA等の公共機関は、一つの災害が二次、三次、その他の災害のカスケードを引き起こすことを深く認識した。また、インフラ間の相互依存関係も非常に重要であることが認識された。
  • 工業化された国では、地震による経済的リスクはより大きくなる。そこで、政策立案者に耳を傾けさせるためには、こうした損失がいったいいくらになるのか計算することである。具体的な数字が出れば、法律や歴史を専攻し、地震工学やコンピューターサイエンスなど知らない政策立案者も耳を傾けるだろう。こうした損益分析には実際的な役割がある。
  • 災害リスクマネジメントは、財政的な脆弱性を考慮しなければならない。災害リスクのためのグローバルコモンズを強調するのはまさにそのような意味もある。スマトラ沖地震の後インドネシアに寄付された何十億ドルもの金額の10分の一が、地震探知ネットワークや公共教育プログラムを立ち上げるために使われていれば、大きな違いを生んだだろう。特にハイチは非常に貧しいので、ハイチ地震の後のグローバルコミュニティの反応は非常に気前が良かった。もしこの10分の一がリスクアセスメントの開発や情報インフラに投資されていれば、世界中で合理的な水準の能力が達成され、地震のコストと損失が抑えられただろう。激甚災害は、これがいかなる国で生じたとしても、間違いなくその地域の周辺の国々にも影響をもたらす。このイニシアチブをとるのは国連かもしれないが、国連に応えるのはもちろん財源の拠出国である。義務を有するのは、こうした経済的・技術的・知識的な資源をもつ国々であり、過去の災害の経験から共有すべき知識を持つ国々であるだろう。日本の経験から共有すべき重要な教訓の一つは、原子力発電所の爆発である。なぜなら、世界中に原発があるだけでなく、更に増加しているからである。
  • 民主主義の意思決定には一定の時間と複雑なプロセスを要するが、災害が起きると迅速な決断が必要となる。また一方で、大規模災害は発生後、あるいは時に発生前においても、その影響は時間的に非常に長期間にわたるが、現在の政治的意思決定は時に、こうした世代を超えるような長時間の影響や、次の世代のために何をすべきかについて、応答するには適していないと思われるかもしれない。しかし、リスクを取り巻く複雑な意思決定は決して単独ではできないものである。重要なことは、ラムズフェルド元国防長官の言葉でいうと「known knowns」「known unknowns」「unknown unknowns」のいずれについても予測と準備を行うことである。当然最も困難なのは「unknown unknowns」であり、だからこそ、学際的な知見を集め、学際的な意思決定システムを集め、集団的決定をするべきであろう。研究所や大学のような、政治的な利害関心に囚われずに長期的な視点を持てる主体が果たす役割もある。アメリカでは、サンディア研究所のような国立研究所もあれば、アリゾナのサンタフェ研究所のような民間の研究所もある。こうした研究所は、大学と提携もしているが、その予算の多くは民間から出資されている。また、世界中から若く、有望な研究者を集めている。こうしたシンクタンクやリサーチタンクの存在が、「unknown unknowns」のために多様な行動戦略を構築するために必要だろう。

 以上