イントロダクション

問題意識

現代社会では様々なリスクへの対応が求められる。しかし、特定のリスクへの対応が、結果として別のリスクを増大させることもあり、個々の状況に応じたトレードオフに関する迅速な判断とそれを実施していく体制が求められる。日本社会の東日本大震災後の対応においても、自然災害、原子力災害、食品リスク等の様々なリスクが複合的に展開するとともに、様々なレベルでこのようなトレードオフ、ディレンマが見られた。このような課題、すなわち複合リスク・ガバナンスの課題にバランスよく対応する際には、様々なトレードオフを俯瞰的に把握する体制整備が前提になる。

複合リスク・ガバナンスの問題は、公共政策における意思決定とマネジメントの問題であるといえる。民間の様々な主体と連携しつつ、いかにして俯瞰的問題把握と、それを基礎とした透明性のある意思決定、資源配分ができるかが基本的課題となる。部分最適化ではなく、全体最適を可能とする包括的対応が必要になる。様々な専門分野や多様な実践に基づく知見をいかに俯瞰的に構造化するのか、その上で、どこに社会として判断しなければならない価値判断が潜んでいるのかを明らかにし、そのような社会的意思決定に関する議論を喚起するのか、そのような意思決定の実施メカニズムをどのように構築するのか、等が課題となる。

このような問題意識から、東京大学政策ビジョン研究センターでは、平成24年度から「複合リスク・ガバナンスと公共政策」研究ユニットを設置し、政策科学系を基軸とする俯瞰的政策研究を、理工系を含むアカデミズム及び実務と協働しつつ、また当研究センター内で進められている他の研究プログラムとも連携し、実施してきた。

研究テーマ

現代の社会経済活動は広域そしてグローバル且つ重層的に相互連結し、様々な技術システムに支えられるとともに、それらに強く依存し複雑化している。このような状況において発生した東日本大震災及び福島原子力発電所事故等は、様々な分野でリスクの連鎖を引き起こし、今後の複合リスク・ガバナンスで考えるべき問題群を浮き彫りにした。

そこで、平成24年度研究活動の開始にあたり、「複合リスク研究会」を設け、OECDやIRGC等におけるリスク・ガバナンスに係る政策や研究の潮流、将来課題についての情報の共有を図るとともに、研究会メンバー各自の専門分野からみた問題認識と研究課題についての意見交換を適宜実施した(5/24岸本客員教授より “欧州における動向についてiNTeg-Risk Projectの紹介” 報告、7/5谷口教授より “分析アプローチ-Risk Governance Deficit”、松尾特任研究員より “複合リスク・ガバナンス-リスク・ガバナンスの潮流、レジリエントな社会構築、NaTechという切り口について” 報告、9/12谷口教授より “IRGCに関する報告” 等)。上記の活動を踏まえ、科学技術リスク・ガバナンス研究ナショナル・リスク・ランドスケープ/アセスメント研究レジリエンス政策・制度研究の3研究テーマに取り組んできた。

今後の展開

平成24−26年度は、科学技術リスク・ガバナンス研究、ナショナル・リスク・ランドスケープ/アセスメント研究、レジリエンス政策・制度研究の3テーマを柱として、それぞれJSPS東日本大震災学術調査、科研費A、RISTEX研究開発プログラムの枠組みのなかで研究活動を展開してきた。また、平成26年度からは、GSDMイニシアティブのレジリエンス研究分野及び政策シンクネットの「リスクと安全保障」ワーキンググループの活動と相互に補完・連携してきた。

平成27年度以降は、以下の展開を図りたいと考えている。

  1. 科学技術リスク・ガバナンス研究
    • わが国の原子力リスク・ガバナンスの在り方についての検討を継続し、政策立案の現場にインプット・提言していく。
    • 平成24年度に開催した Workshop: What Fukushima nuclear disaster brought about in Asia? —— Emerging risks in social, political and economic domains —— のフォローアップも含め、中韓印における原子力開発利用のリスク・ガバナンスの共通的課題、国別課題、そして協働可能な課題及び方策について調査検討する。
  2. ナショナルリスク・ランドスケープ/アセスメント研究
    • 日本のリスク・ランドスケープを定期的に調査し分析を行い、わが国のホライゾン・スキャニング機能の一つにすることを目指す。また調査分析結果は広く社会に発信し、リスクリテラシー醸成に寄与する。
    • ナショナルリスク・ランドスケープのWebアンケート調査システムを活用し、アジア・欧米の大学(例えば、SNU)と連携し、国際比較研究の実施を構想する。
    • ナショナルリスク・アセスメントの実施ガイドラインを作成するとともに、リスク・ランドスケープ調査の結果も踏まえ、外部専門家の参加を得ていくつかのシナリオを作成し、実施ガイドラインに沿ったリスクアセスメントを試みる。
  3. レジリエンス政策・制度研究
    • 市民社会・社会活動の安全確保に係る政策・制度の選択肢研究はRISTEXプロジェクトとして継続する。特に東京都庁総合防災局との関係を強化し、実務面での課題の把握と政策・制度の選択肢の創出に注力する。
    • GSDMが目指す人材育成における危機管理能力育成の教育プログラム開発について検討する。
    • レジリエンス政策に関する実務家・政策担当者・研究者間の情報共有と課題解決のためのネットワークを構築する。
  4. セキュリティ領域における問題群へのリスク・アプローチの適用可能性研究
    • 平成26年度に実施したWorkshop: Risk and Security -Redefining the Concept and the Structure of Governanceにおける議論を発展させ、セキュリティ領域問題へのリスク・アプローチの適用可能性を検討しセーフティ領域とセキュリティ領域における個別分野の対象を包含したリスク・ガバナンスのあり方とそのための道筋を探るという新たな研究に、安全保障研究ユニットと連携して着手することを計画している(科研費萌芽へ申請中)。
  5. リスク・ガバナンスに係る若手研究者ネットワークの形成・維持
    • 平成25年度に開催した International Symposium on Risk Governance of Science and Technologyにおける食品関連、原子力、気候工学に関する日・欧・米・アジアの若手研究者によるワークショップを再度企画し、若手研究者ネットワークの形成・維持を図る。
  6. 政策シンクネット「リスクと安全保障」ワーキンググループによる政策提言の発信
    • 大学間連携による政策シンクネットの「リスクと安全保障」ワーキンググループと連携し、学術的な研究に基づいた政策選択肢を、インターネット、書籍等を通じて広く社会に発信することで、リスクをめぐる社会的課題について開かれた政策論議を喚起する。