レジリエンス政策・制度研究

1 レジリエント・ガバナンスの在り方

わが国経済社会にレジリエンスの概念を導入し、政策体系を整合的に整備していくことは真に国家や企業の競争力強化の第一歩であるとの認識の下、平成25年度当研究ユニットはCOCN(産業競争力懇談会)と共同し「レジリエンス・ガバナンス研究会(リーダー:森田朗東京大学名誉教授)」を設置し、下記の検討を進め、結果を内閣官房及び関係省庁との意見交換会で報告した。

研究会では、レジリエント・ガバナンスを

大規模災害等の非常事態に直面した際、限られたリソース(ヒト、モノ、情報、時間、空間)をもとに、政府・地方自治体・民間企業・NPO・市民社会が、その協働メカニズムによる事前準備・応急措置を進め、社会システムを支える重要インフラシステムの「被害の最小化」と「早期の機能回復」の実現を図ること

と定義し、緊急事態への事前準備フェーズ及び事後対応フェーズで重視すべきこと、及び重要インフラシステムのレジリエント・ガバナンス設計の検討プロセス(重要インフラの構造の把握、重要インフラ間の依存関係、脆弱地点の解明、脆弱性軽減策の開発、レジリエント・ガバナンスの設計、リスクマネジメント計画の策定と実行)を示した。そして、この検討プロセスに沿って、重要インフラシステムの代表例としてエネルギー需給システムと公衆衛生・保健医療システムの2分野を取り上げ、 併せてケーススタディとして「首都直下地震を念頭に東京都市圏のレジリエンス」について検討した。

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レジリエント・ガバナンスに向けた提言は以下の通り。

  • 抵抗力・回復力ある「社会システム」のデザイン
    • 「様々な主体」と「重要インフラ」が交差し合って構成される社会システムをリスクマネジメントに繋がる検討プロセスのシミュレーションを行い、併せて主体ごとの役割と責任を再定義する。
    • 中央政府各機関、地方自治体、企業等の主体、にチーフ・リスクマネジメント・オフィサーを置く。
  • 政府の危機管理体制の強化
    • 政府中枢の司令塔機能を発揮するコアと重要インフラごとに定められるリード・エージェンシーが協力する構成が望ましく、政府において司令塔機能の在り方の検討を期待する。内閣国家安全保障局と双璧をなすコアを形成するのも一案である。
    • 重要インフラ毎に、リード・エージェンシーとサポート・エージェンシーが組成する関係省庁クラスターを形成する。
  • 地域の危機管理体制やソーシャル・キャピタルの強化
    • 自治体BCPの策定と自治体間の広域な連携。
    • 地域において重要インフラに関するプラットフォーム(自治体や事業者等)を構築する。
    • 多様な主体が連携し、地域の安全問題に取り組む必要が高まっており、ソーシャル・キャピタルの醸成に取り組む。
  • 企業の危機管理体制強化と投資インセンティブ付与
    • 企業経営における危機管理の重視し、事業継続対策(BCP/BCM)を強化する。
    • BCP強化の環境整備(レジリエンス投資に対する財政、税制等のインセンティブ等)。
  • 部門間・組織間・官民の壁を超える情報共有の促進
    • 情報共有のルール(共有が制限されている情報の非常時の共有、限られた範囲での共有)、情報共有基盤(マイナンバー、地理空間情報・デジタル化、データのフォーマット統一、重要工作物の情報化)、情報管理の技術開発・人材育成を進める。
  • レジリエンス強化に向けた科学技術振興と人材育成
    • 重要インフラ固有のレジリエンス強化に資する科学技術や重要インフラの相互依存性解析などレジリエンス強化に資する研究を重視する。
    • 大学レベルにおける人材育成、企業における専門家育成を図る。
  • 東京都市圏のレジリエンス強化
    • オールハザード・アプローチによる東京都市圏のリスクマネジメント計画の策定、重要インフラについての国と首都圏自治体との協議会の設置、事業者等参加の合同訓練を検討する。
    • レジリエンス技術の実証(ショーケース)。

2 市民社会・社会活動の安全に係る政策・制度の選択肢研究

平成25年10月より、JST-RISTEX科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラムの下、「市民社会・社会活動の安全確保政策のためのレジリエンス分析(研究代表者:古田一雄東大教授)」に取り組んでいる。本プロジェクトは、市民生活・社会活動に不可欠な重要インフラに自然災害、人為的脅威、事故といった脅威が加わったときの複雑な挙動について、如如なる部分が脆弱なのか、如何なるリスクが生じる可能性があるかを様々なシナリオの下でシミュレーション分析し、相互依存性の考慮や多角的視点からの包括的レジリエンス評価の必要性に関する科学的根拠を明らかにする。こうして得られた根拠情報に基いて、わが国の市民生活・社会活動に係る危機管理政策やリスク・ガバナンス戦略への選択肢を創出し、この社会的課題の解決に寄与することを目標としている。具体的には、工学系研究科付属レジリエンス工学研究センター及びシステム創成学専攻と恊働し、政策研究を当研究ユニットが担当している。

平成25年度は以下の項目について調査分析を実施、主なポイントは以下の通り。

  1. 緊急対処事態に係る法制度の現状分析と課題の構造化
    • 我が国の緊急事態対処に係る現行法体系は、有事への対応と大規模災害への対応から成り、大規模災害の経験や今後起こる恐れが予測される脅威などを踏まえて、緊急事態の起因事象となるハザードや脅威の種類ごと、いわゆる災害類型に応じて追加、整備されてきている。
    • 現行の日本国憲法には国家緊急権に関する規定は存在しない、と考えられているが、現行法体系では個別法に、いわゆる「緊急事態」が定義されている。例えば、国民保護法の「緊急対処事態」、災害対策基本法では「災害緊急事態」、警察法の「緊急事態」など。憲法に国家緊急権に関する規定がないことについては、緊急事態が発生した場合に対応措置を講ずることは国家の「不文の原理」であるとする見解、国家緊急権に関する規定の不存在は法の不備であるとする見解等、見解の対立がある。
    • わが国の災害対策法制について基本的な部分および実務的な部分でもいくつかの問題点が指摘されている。例えば、前者に関連しては、1)災害救助法は制定後約60年以上、災対法も制定から50年を経て、社会的状況は大きく変わっているが当時の考え方が基本的にまだ残っていること、2)優越的性格、指針的性格を持つ通常の基本法と違い、母法的機能が与えられていないこと。後者に関連しては、1)災対法は災害復旧に関する規定が4か条(公共施設の復旧が中心)あるだけで実質的な規定がないに等しい、2)災害復旧計画も災害復興計画も根拠規定があるわけではない。
    • 災害対策法制については将来の社会像も視野に入れ、現実に即し、基本的な部分と実務的側面から法体系を再吟味、再構成する必要がある。
    • 行政機関の業務(例えば危険物や薬品、医療行為に係る許認可業務等)や民間の経済活動、サプライチェーンの一部を構成する行政機関の業務(例えば通関業務や車両検査業務等)は緊急事態発生時の応急・復旧活動、その後の事業復旧・継続の迅速化・円滑化で障害になることがある。今後、首都直下地震等への対応にあたり、緊急事態で障害となりうる法令・規制等をリストアップし、災害発生時の運用の明確化、要件緩和等の検証と見直しを官民連携の下、加速する必要がある。
    • 国と地方、広域連携のあり方について、特に、破局的な事態が想定される場合には、地方自治体からの要請に基づき行動するプルシステムでの活動ではなく、国による迅速な主導的なプッシュシステムを採ること、また大規模広域災害における自治体間連携、水平的な補完に関する規定の必要性も検討する必要がある。
    • 現行法における災害緊急事態における緊急措置の範囲は経済的措置等に限定されているが、緊急事態により損なわれる可能性のある市民生活および社会経済活動を支える社会の重要な機能の確保・維持に係る範囲へ拡大することの必要性について、東日本大震災で緊急に法的措置がとられた事例を検証したうえで検討する必要がある。
  2. 危機管理機能の組織制度設計
    • わが国の危機管理体制は内閣官房の内閣府危機管理鑑(政治任用)が統理することされており、内閣安全保障局長と密接に連携することが必要とされている。しかし、危機管理機能の観点からみると、災害対策法制の現状と同様、米国のような体系化と標準化がなされているとは言い難い。
    • 東日本大震災における経験や米国の危機管理体制などを踏まえると、次のような点を検討していくことが必要である。
      災害から学んだ教訓をフィードバックするシステムを構築すること。
      政府は細部に拘わらず、包括的に問題解決に取組むため仕組みを検討する。
      オールハザードを対象とし、政府全体による包括的な対応計画を策定すること。
      ハザードや脅威の種類ではなく、結果に着目し、災害対応の機能ごとに着目したアプローチに変更するとともに、米国NRFの緊急事態援助機能ESFのように緊急事態対応で要する各機能(政府機関の人員、設備等の資源、対応能力)を分類し、その機能確保の主管省庁、支援省庁、調整機関を定め、政府機関全体での対応とする。なお、重要インフラ事業者やJMATなどの特定の民間組織・非政府組織も組み入れたものとする。
      米国NIMSのような国家事態管理システムを導入すること。
      緊急事態における意思決定の遅延や情報の錯綜を避けるには、最前線の現場に意思決定権限を委譲し、政府や地方自治体は支援に徹する。関与する組織および人の役割・責任、手順を明確化する。また、現場対応の組織は、現場指揮官の監督限界も考慮し、必要以上に大きくせず適正な規模にする。調整コストを最小限に抑えるという視点が重要である。大規模な災害対応は大規模な管理を要する複雑な作業であり、時間が重要な資源である。緊急時対応活動の有効性は関係者間での「状況認識の統一(Common Operational Picture)」を実現できる(多次元)情報システムと柔軟なコミュニケーションに依る。情報の収集、管理、共有を可能とし、現場の需給を把握し支援する。 あらゆる緊急事態に共通する非常に基礎的な部分のみ標準化し、現場に自律的権限を与え、その他の事項は臨機応変に現場で考える。緊急事態対処に要する施設設置および現場作業計画の様式は標準化する。
      政府・地方自治体は、あらゆる部門に高度の訓練を受けた緊急時対応管理者(専任)を配すること。危機管理対応最高責任者は必ず豊富な経験と知識そして指導力を有する人材を登用すること。
      政府機関・地方自治体・重要インフラ事業者・非政府組織等の緊急時対応者および管理責任者のための教育訓練カリキュラムの策定、訓練施設の整備、教育訓練の実施とともに資格認証制度を設ける。
      国家リスクアセスメントを実施すること。

平成26年度は以下の調査分析・活動を実施している。

  1. 緊急対処事態に係る法制度の現状分析と課題の構造化 平成25年度に調査した、わが国の自然災害等(オールハザード)への対応に係る法的枠組み、緊急事態(非常事態)に関する政府、国会等での論点整理について、米国や欧州諸国の制度との比較を行い、課題を構造化する。平成25年度に実施した「レジリエント・ガバナンス研究会」で議論した、緊急時医療サービス・公衆衛生システムを取り上げ、同サービス・システムが機能的相互依存性を有する重要インフラシステムも含め、緊急事態への前・中・後における法的に準備すべき事項(許認可要件変更や発動要件や協定締結や政府機能、民間資機材の徴用など)の洗い出しを試みる。国土強靭化基本法、政策大綱および首都直下地震対策特別措置法などに係る政府機関及び地方自治体の動向を継続的に調査する。
  2. 危機管理機能の組織制度設計 平成25年度に文献調査した、米国の危機管理機能の運用実務面での課題等について、米国国土安全保障省および緊急事態管理庁(FEMA)、大学へのヒアリング調査を行う(12月予定)。また、欧州(英国、フランス、ドイツ)の組織制度の文献調査およびヒアリング調査を行う。
  3. 重要インフラ防護・レジリエンス強化のための政策・制度設計 米国の国家インフラ保護計画を参考に、重要インフラシステムに関わる主要アクターの連携スキーム、特に緊急事態での状況認識の統一を図るための情報・インテリジェンス共有、について、その可能性や課題を検討する。

以上の項目を実施するため、政策ビジョン研究センター内に「レジリエンス政策研究会」を設置し、行政機関関係者を招いて意見交換を実施している。