- 議題:「地方自治体(県)における危機管理業務の課題」
- 日時:2014年6月17日 18:00 -20:00
- 会場:東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター3F 特別会議室
- 講師:小川英雄氏 前静岡県危機管理監・静岡県住宅供給公社
地方自治体(県)における危機管理業務の課題
講師による主要な問題提起
- 静岡県における危機管理業務
- 静岡県では1976年より、駿河湾巨大地震の想定を元に、県全域での震度6以上の地震、5分以内の大津波への対策を講じてきた。以来35年に渡り市町村、自主防災組織等県民を巻き込んだ70万人規模の防災訓練を行ってきた。また、県有建築物の99%、木造家屋の80%、学校等についてはほぼ100%の耐震化を達成したほか、耐震性貯水槽、津波避難施設・ビル等を整備した。一方、家具の固定や食糧と水の備蓄などでわかる県民の防災意識にはそれほど目覚ましい変化は見られない。
- 3.11以降の各地の危機管理や防災訓練では津波ばかりが重視されるようになり、静岡県でも、津波避難ビルや避難タワ-等の整備がこの2年間で急増した。これまで1万人強が参加していた津波避難訓練(対象区域27万人)にも13万人が出るようになった。なお、津波対策においてはL1(100~150年周期の地震)とL2(数千年周期の地震)という考え方があるが、国からの補助対象となる防潮堤対策はL1までである。このためL2レベルの津波については、防潮堤を乗り越えられても色々な手段を講じて減災し、とにかく命を救うという考え方で、具体的な減災アクションプログラムを作成した。
- 35年以上地震対策を実施している静岡県の経験では、支援計画ではなく広域受援計画が重要であるが、それ以上に重要なものは自助と共助だと指摘できる。その根底には、公助(行政)ができることには限りがあるという考え方がある。第一に、全国から自衛隊、警察、消防全てが揃うのは早くとも発災2~3日後となる。第二に、阪神淡路大震災では生き埋めになった人で助かった人の95%は自助か共助によるものであったことから、防災の基本には自助と共助の強化が必要ということがある。ここには、木造住宅の耐震化、家具の固定や水と食料の準備、自主防災組織の整備等が含まれるが、高齢化により助ける人より助けられる人の方が多くなってきていることは課題である。第三に、救助の手を増やすことも必要で、静岡県では2010年度から防災訓練に在日米軍に参加、視察をしてもらうなど交流を図っている。
- 県内で想定される2万人の重傷者を救うためには、救護所、救護病院、災害拠点病院をフル稼働させなければならない。静岡県では3.11を教訓に、DMATの投入方法を変え、調整本部を県の災害対策本部内に設置し、医師不足の病院に医者チームを投入する訓練を実施した。実際に機能する救護所とするために、救護所は約400か所あるが、3~4か所を1つにまとめて、外科の心得がある医師の指示の下にその他の医師が活動するような取り組みを始めた。このほか、救護所手前の避難所でトリアージする訓練や透析患者、難病患者を把握して個別に連絡をとるなどの取組みも始めた。救護所には避難所に併設される場合と既存の医院や病院を使う場合があり、発災時に救護所に駆けつけられるよう、できるだけ近隣在住の医者(開業医も含む)を配置するなどの工夫をしている。これまでの35年間の仕組みで納得されてしまっているので、新しい仕組みが動くかどうかはまだ証明されていない。
- 東日本大震災被災地支援の教訓
- 具体的に以下のような課題が見受けられる。在庫に依存しない現代の流通システムに起因する超広域災害時の救援物資の遅れ。大規模な宅造地における土砂崩れ。帰宅困難者の長期化。ライフライン(電気、ガス、下水道、燃料)の途絶。ネットワーク依存システムの途絶。これらは、特に医療福祉分野においては患者生命の危機に直結する事態となる。35年やってきた静岡県においても、まだまだできていないのが現状である。
- 全国知事会では、県を束ね、被災県から要請を受けて振り分けるという、災害時の広域応援協定の仕組みがあったのにうまく動けなかった。実際に知事会から各県への支援要請があったのは発災5日後であり、しかも知事会の要請に基づいて岩手県へ物資を送ろうとしたが、現地では手が足りないため送るなという事態が発生した。その後、静岡県は被災地に近い遠野市を拠点として継続的支援を開始し、余り支援の手が届いていなかった大槌町と山田町の支援を行った。3月下旬から20~25名体制、一週間交代で職員を送り、4月9日以降は市町村業務への支援強化のため、県職員に加え市町村職員を派遣した。なお、県レベルの危機管理や被災地支援活動については各県とのネットワークは特になく、知事会を通じてやり取りをしている。
- 現実として公助の力は足りていないため、自助と共助の増強が不可欠であるが、行政が主導すると細部に特化した扱いづらいマニュアルが出来てしまうため、住民がやる気を出し知恵を出し合って工夫することが必要である。行政側としては、発災直後は公助の手が行き届かないことを明確に知らせる事、相互救助、自助と共助が必要だと理解させる事が必要である。
- 県レベルの危機管理対策の課題
- 県の災害対策本部の使命は、被災者、現場からの情報を大事にして現場の市町村にどういうニーズがあるか吸い上げ、どういう支援ができるか把握することである。例えば、現場は通信機器がつながらず、情報が途絶し、混乱状況であるかもしれない。3.11の岩手県では、沿岸部まで2時間もかかる大きな県ということもあり、当初山田町や大槌町と連絡がつかないという状況があったが、「コンパクトな町だから大したことはないだろう」という思い込みがあり、町へ自衛隊が入ったり、数日後に衛星携帯が届くなどして状況把握ができてから漸く動いた。情報が入らなかったら、情報を取りに行くという姿勢が必要であるが、現場に行った職員からの情報が県の災害対策本部に届かず、現場の情報が重要視されていないという状況もあった。
- 市町村の災害対策本部こそが、被災現場ニーズの把握、優先順位づけ、国や県への要請を担う、災害対策の要である。市町村の災害対策本部が正常に機能することが災害対策の大前提である。一方、東日本大震災の大槌町の例(町長や幹部職員が亡くなり、町が機能しなかった)にあるように、災害時に市町村の判断機能が崩壊した場合、それを立て直す事が必要となる。ところが静岡県においても、それは市町村の責任であるとして県は関与してこなかった。平成25年からこの考え方を変更し、市町村の職員の実践的な訓練に手を入れ始めた。被災自治体では、避難住民のケア、被害把握、救命救出、医療救護、物資搬送、報告・要請など、普段の仕事以外にこれだけの膨大な災害対応業務が発生するということをまず知るべきである。
- 県の災害対策本部は、立ち上がるまでの所要時間、たとえば、静岡県では発災してから1時間以内に第1回目の災害対策本部を立ち上げるという目安になっているが、訓練では、その事だけがメルクマールとなっており、後は情報収集で右往左往しているのが現実である。初動段階でできることは、知事から県民への呼びかけや、自衛隊等の支援部隊派遣の要請と投入先や役割分担などの調整であるが、後者は実際のところほとんど必要なく、支援計画があまりにも偏っていれば調整する程度である。このように、現状の県の災害対策本部は、直接住民に接する訳ではないということもあり、実は発災時にできることは余りない。
- 県の災害対策本部を機能させるためには、その分野の専門家がいるとよい。静岡県は期限付き職員として自衛隊出身者を5年間雇用し、いわゆるブラインド型の実践的な訓練や、より混乱を伴うような複合災害を想定した訓練を行っている。更に重要なのは専任の職員であり、静岡県では地震だけの対策の専任者が約80人置かれるようになったが、これは35年間で最大の成果である。
- 国の現地対策本部は現場の状況が分からないため、「どうしたら現場の職員や被災者が楽になるのか」との発想を持ちづらい。自前で何でもやるという考えがないので、実際に県から要請があるまではほとんど動かない。国はどうやって現地で情報を集めるのか、出先機関はあるのか、土地勘はあるのか、足はあるのか、現地にいることのメリットはあるのか、等の問題を鑑みると、国の現地対策本部の意義を再考すべきであろう。
質疑応答における主要な論点
- 国の現地対策本部の意義として、例えば原子力災害の場合については、まずはオフサイトセンターが機能することが前提ではあるが、事象に対処するのは専門家であり、県ではなしえない部分であろう。県としては、住民の避難のほか、災害の状況が落ち着いてから、避難した人をいかに支援するかを担う。その意味では、県にとっては十分な情報が入手できればオフサイトセンターという形で近くに行く必要は必ずしもないかもしれない。
- 静岡の場合、4か所に危機管理の出先機関(現地対策本部)があり、現地での指揮がとれるようにしているが、この体制の規模が適正かどうかについては、なかなか結論は出ず、今の規模でやるしかない。県は直接住民を相手にしないため、出来ることは多くはなく、市町村の機能がつぶれたら応援するくらいである。一方、県よりも大きな中京圏とか関東圏といった広域で考えることも難しく、おそらく関東圏や国に任せてしまうと防災はできないだろう。事前に被害を想定しておくことは県の重要な役割であるが、実際の災害では被災自治体から応援要請がないとなかなか県は動けないため、しばしば地域防災計画や災害対策マニュアルも原理原則が先行してしまいがちである。
- 静岡県では、危機管理部が出来る前は、例えば新型インフルエンザの対策本部は健康福祉部が持っており、口蹄疫や鳥インフルエンザも農業関係部が主体となる仕組みに乗っかっていた。部が設置されて以降は、事象によって専門家集団だけは変わるが、対策本部は常に危機管理監をヘッドとするようになった。地震をはじめ、富士山の噴火、洪水、浜岡原発の事故、自然災害はもちろんのこと、それ以外の鳥インフル等についても、それぞれの専門部署が対策をやり、危機管理部が全ての調整をやるようにした。予算や人の配分は変わらず、仕事量が増えている状態である。
- 国の場合、役人は各地を転々としながらキャリアを積むため専門家が育たないが、地方自治体の場合は2種類いる。地震対策で採用されてこの道一筋といった人間は一人だけであるが、地震対策部門に何度も配属される人間が全体の3分の1程度で核となり、ローテンションで回ってきている人が半分強である。こうした人々への訓練や研修はOJTがほとんどであるが、一部は気象庁や内閣府防災や消防庁等へ出向し、1~2年の研修を終えて帰って来るケースもある。
- 県や自治体の立場では、どのような情報の取り方が望ましいか。情報把握について、現場が混乱したら情報が重複して真実が分からなくなるので、情報は一本化された方が使いやすいという考え方がある。死者や行方不明者の数は警察が把握しているので、混乱なく正確な数が分かるが、警察は警察のルートでしか情報を取らない。一方、県レベルでは避難所の数や避難者の人数などの情報がいつまでも確定しない状況があった。県のレベルで情報を待っているだけでなく、自ら取りにいかなければならない。また、被災状況にもよるが、初期段階では、ヘリコプターを飛ばし被害状況を把握するなど、ざっくりとした情報の取り方もある。山間地や僻地に取り残された老人ホームや病院などの被災状況の情報は、市町村の出先機関を通したり、住民から自主防災組織を経て市の対策本部へ連絡されるルールになっている。県にとっては、市町村からこうした情報をあげてもらうため、重複したり間違いがあったりしているが、それはそれでやむを得ないだろう。おそらく全てに手が回る状況ではないし、落ち着いてきたら整理されてくるものである。
- 行政として持っている情報を評価してみて、それに基づいて政策や緊急事態への対応の情報として使っていくということを、平時の今こそやっていかねばならない。例えばイギリスは国レベルでオールハザードのリスクアセスメントをするが、自治体レベルでもやる仕組みになっている。静岡は東西を繋ぐ基幹インフラを抱えており、有事の場合、静岡県のダメージもさることながら、東西の大動脈が分断されると日本経済に対する影響も莫大なため、こうしたリスクアセスメントを静岡でできれば大変面白いだろう。
以上
(なお、本講演は個人の見解で、元の所属機関を代表するものではありません。)