- 議題:「緊急事態における我が国の危機管理体制と危機管理の課題」
- 日時:2014年4月22日 18:00〜20:00
- 会場:東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター3F 特別会議室
- 講師:伊藤哲朗氏 東京大学客員教授・元内閣危機管理監
緊急事態における我が国の危機管理体制と危機管理の課題
講師による主要な問題提起
- 危機管理という考え方について
- 「危機管理」とは曖昧な概念であり、30数年前から使われているが、定義が定まっていない。危機の予防(平時において行うリスク・マネジメント)と、実際に危機が発生した場合の対処(クライシス・マネジメント)がある。
- どのようなメカニズムで危機が起こるのか、研究しておくことが最善の策であり、早めに予知することも必要。人為的なものは予防が可能である。一方、危機は全く突発的に起こることも多く、処理・対処の時間が短く、情報が錯綜し、被害が拡大するので、少ない情報の中で判断し、決断しなければならない。これは通常の業務とは全く異なる。
- いずれの危機においても、危機管理の基本的な考え方はほとんど同じであり、事態を想定し、研究し、訓練し、情報をしっかりと取り、今後どうなるかを情報に基づいて判断し、政府の意思決定をすぐに行い、現場で事態対処を行うことである。また、国民に対して必要な情報を公表し、望ましい行動を呼びかけることである。一番必要なのは、リスクに関する準備であり、事案が起きた時に対応できる能力である。
- 緊急時においては平時とは価値観が変化するため、クライシス・マネジメントではリーダーの役割、リーダーシップが重要となる。
- 日本の体制
- 日本の内閣制では、国の重要政策は閣議で全会一致でないと決まらないが、緊急時には常に閣僚が集まれるわけではないため、緊急時の体制の重要性が高まる。緊急対策本部を作り、総理大臣に権限を与え、指揮していくことになる。つまり、実際の内閣の危機管理は、内閣総理大臣をトップとして構成された体制となっている。
- 緊急事態における初動においては、官邸危機管理センターから内閣危機管理監に報告し、内閣総理大臣に連絡する。緊急時の意思決定には局長が参集して協議すれば極めてスムーズに物事が決まるので、緊急参集チーム(関係省庁の局長による)で協議を行う。
- 緊急事態においては内閣総理大臣が災害対策本部長となり、各省庁及び都道府県知事を指示できる。現地の対策本部を設置することもあるが、福島原発事故の際に設置した現地の対策本部は全く機能しなかった。オンサイトには原子力安全・保安院の職員がおらず、オフサイトセンターは停電等により機能不全となったため、福島県庁まで後退してしまった。
- 情報管理
- 現場の情報の取り方には2つある。第一は、県において集約される市町村からの情報を、政府に報告させる方法であり、第二は、全ての情報を国の行政組織の縦割りの系統で収集し、執行も縦割りで行う方法である。この二つを同時に行うことはできない。東日本大震災では同時多発的に情報が大量に集まり、新しい情報なのか既に来た同じ情報なのか分からないことがあった。複数のルートからの情報の収集よりも1本のルートからの情報をしっかり取ってくる方がはるかに信頼性が高く、特に迅速性においては、国の行政組織の縦ルートで取る方が勝るため第一の方法は使用されなかった。さらに、現地対策本部には一定の範囲の事柄の指揮を任せることになるが、高度な意思決定はできないため、重要なことは中央/本省で判断することとなる。緊急時には、情報収集及び命令系統の一本化を図る必要がある。
- 地震の場合(東日本大震災の事例より)
- 地震発生後、震度7との情報から、災害対策基本法ができて初の緊急災害対策本部の設置をする必要があると判断した。50分後には地震についての緊急災害対策本部会合が招集されたが、一方、原子力災害については、国民に向けた緊急事態宣言の発令までに2時間のロスがあった。原子力安全・保安院が手順を把握していなかったのが問題であった。
- 緊急事態においては、全役所が一丸となって役割分担と役割の認識が必要だが、お手伝い感覚だと効力を発揮しない。阪神淡路大震災における反省から、政府全体の統一、調整のため、内閣危機管理監による調整機能の制度ができたが、それでも福島第一原子力発電所の事故では上手くいかない部分があった。
- 主務官庁である原子力安全・保安院や原子力安全委員会の平時におけるリスク・マネジメントができていなかったのが大きな要因である。サイバーテロやインフルエンザ対策、バイオテロの可能性もあり、危機感とイマジネーションを駆使してあらゆるパターンと動きを想定し危機に備える必要がある。
- 複合事態、すなわち様々なことが同時に起きる可能性もあるので、2箇所以上のオペレーションルームを用意する必要もある。また、普段から十分大きい体制を整えておく一方、リソースの限界についても考慮し、地域における共助、自助、備蓄等の体制を整えるとともに、訓練によって準備しておかなければならない。
- 過去に起きた事案についての研究、危機管理の経験を伝承していく仕組み作りを行い、専門家を育成する必要がある。また事後の検証のため、責任追及と検証の区別をルール化することが求められる。
質疑応答における主要な論点
- 海外でも、危機管理の分野は、国により得意不得意がある。アメリカは戦争に対しては対応が万全で、経験者も専門家も多数いる。自然災害については、日本はかなりの対策技術とノウハウがあると言える。
- 震災、インフルエンザ等の事例に見られるように、日常からどれくらい準備をしているかが重要であるが、原子力については、あれほど被害が出るとの事故は想定していなかったのと、訓練できていなかったという反省がある。専門家による事故の想定に加え、事後の事態進展の予測に甘さがあった。また、事態対処のための方策について専門家から意見がもらえなかった。これらの教訓とは、想定外のことを想定することは難しいが、想定外のことがおこることを想定して準備することはできるということである。
- 情報が上がってきたら、不確かでもそれが何を示しているのか判断しなければならない。分析する時間はないので、専門家の知見が重要。しかし、原子力安全委員会の解釈は不確かで信用しがたく、専門家による判断もできなかったのが問題だった。精緻さに拘る必要はなく、生煮えの情報でも拙速に上げることが大事になる。一方、ノイズの入った情報への対処(テロでは意図的にノイズの入った情報が流される)についても、専門家の分析に任せるのがよい。
- 状況認識の統一化などのシステムはまだ構築されておらず、それがどのようなものを想定しているかは別として、現在は、専門家の知見を頼りにしている。専門家の集団でもある緊急参集チームは情報の評価を行う。ただし、中央では情報の集約と命令はできるが、双葉病院の事例のように、現場でのオペレーションにはまた別の組織的な判断が必要となる。
- オールハザードを想定した対策としては、事前のマニュアルを作るなど、各省庁で連携が取れるように統一のものを作っている。防止のために何をすべきかについては各省庁でやっており、内閣官房がすべて取り仕切っているわけではない。ただし、限られた国の予算で優先順位をつけるため、リスクの大きさを比較するという事前のアプローチについては、人員と予算があればの話であるが、危機管理監のスタッフで行いうる。日本では未だナショナルリスクアセスメントはできていないが、各省庁の力を借りて、リスクを洗い出し、全体を予測して対策する機能は、内閣官房に持たせるしかない。そのためには、内閣官房の体制(権限とスタッフ)の充実が必要である。
- 検証と責任追及のプロセスは、実際には定まっておらず、仕組み作りが必要である。法律家や専門家で免責の考え方が違う。また、本格的に検証を行うためには、相当の人員を専従させる必要がある。
- 事前のシナリオは大事だが、分野横断的な事例に関しては研究が難しい。特に省庁縦割りの場合、横断的な研究を行うのは、やはり調整権を持っている内閣官房しかないが、内閣官房のスタッフはそもそもの人数が足りない上、継続性がないのが問題。
- 縦割りの中でも、横の官庁とも緩やかに動ける仕組みに関するアイデア、すなわち完全な横割りまたは縦割りではないシステムの可能性については、予算と人事システムという課題がある。危機管理の機関が提携しスペシャリスト官僚といった人材育成をする必要は、将来の可能性としては検討の余地がある。
- 現地の対策本部の役割としては、国と知事部局との調整の役割が重要である。現地の対策本部に専門家を置き、現地の色々な機関との調整役としての機能を持たせるのが望ましい。
以上